「りょう、えの……かみ、さま?」
 リョウエの名乗った音をたどたどしく繰り返したに、リョウエはうむ、と大仰に頷いてみせた。
「まあ人間のときは虎徹って名前だったから、そっちで呼んでもいいけどな。今はリョウエノカミで通ってる」
「りょーえ、は、かみさま……?」
「……一応神ってことになってるが、見ての通り正体は鬼だ」
「かみ……? おに……?」
 ぐるぐると目を回して混乱するに、幼子に便宜上神を名乗っているだけの鬼だと説明しても理解が難しいかとリョウエは苦笑いを浮かべる。
「ただのリョウエでいいぞ」
「でも、りょーえ、かみさま……」
「あー……、」
「だって、りょーえ、助けて、くれた……。りょーえは、かみさま」
「…………」
 きらきらと輝く幼い眼差しは、リョウエへの純粋な感謝と崇敬を映していた。見も知らぬ子どもを助け、同族だと哀れみをかけ、自らの指をちぎってまで腹を満たしてくれて。例えその正体が神を騙り人の血を啜る鬼だということを理解したとしても、には関わりないのだろう。には、リョウエは神様なのだ。突然人の世界から弾き出されてしまったを拾い上げてくれた、神様。幼気な瞳に映る信仰に、リョウエは少しだけいたたまれない気持ちになっての頭をわしわしと撫でた。わっと驚いた顔をするの頭を、そのままぐしゃぐしゃとかき回す。子供特有の柔らかい髪の感触が、心地よかった。犬猫を拾うのとはわけが違うとリョウエの元に増えた鬼について質しに来た監視の鬼は言っていたが、実際リョウエにとっては犬猫を拾ったようなものだ。まだ鬼になったばかりのなどリョウエにしてみればか弱く、放り出すのも寝覚めが悪い。適当に投げ出して食い場を荒らされるのも困る。ならばこちらの勢力で保護するとその鬼は言ったが、それもどうにも気に食わなかった。特段執着しているわけでもないが、頬や髪に触れたときの柔らかさだとか、村人の尊崇とも鬼たちの畏怖とも違う色を浮かべる瞳だとか、そういったものをくれてやるには少し惜しいと、そう思っただけだった。
「……まあ、好きに呼べばいいさ」
 相手は幼子であるし、神であろうが鬼であろうが大した差はない。それより傷の具合はどうなっただろうかと、リョウエはぺろりと着物を捲って腹の様子を見た。が寝込んでいる間に早くも話を聞きつけた夜木には幼女趣味に目覚めたのかと揶揄われたが、このちっぽけで薄っぺらい体のどこにそんなやましい気持ちを抱けと言うのかと反論する気さえ起きなかった。だいたい夜木は言い返せば言い返すほどニヤニヤと笑ってくる類の性悪である。何の他意も躊躇いもなくの肌を晒して治りかけの傷を改めたリョウエは、やはり何の気まずさも抱かずに着物を戻してやった。の方も、そもそもそういったことも知らない幼子であるから別段気にした様子もない。風邪の時親に着替えさせてもらうのと変わらない感覚なのだろう。やはりリョウエにとって、は犬猫とさして変わらない拾いものであった。
「さて、ちょっとついて来い」
 鬼としてリョウエの元で生きていく以上色々と教えなければ、と腰を上げたリョウエは、に声をかけて社の外に出る。だが振り向いたリョウエは、がぽてぽてと今にも転びそうな足取りで一生懸命追いかけてくるのを見て思わず真顔になってしまった。は鬼であるが、同時に幼子である。ついでに言えば、一応怪我人でもある。鬼として生きてきた時間が長過ぎるリョウエはすっかりその感覚に染まっているが、は本当にまだ何もわかっていないのだと改めて思い知らされた。自分自身に対してため息を吐きそうになったリョウエは、近くまでやってきたをひょいっと抱き上げる。あまり犬猫のようなものだと思っていてもいけないのだと、あの鬼の言葉を思い出して少しだけ反省したのだった。
「りょーえ、だっこ?」
「ああ、抱っこだ。ちょいと速く動くから、ちゃんと掴まってろよ」
 小さな手が素直にぎゅうっとリョウエの襟を掴んだのを見て、リョウエは思い切り地を蹴る。腕の中にある体温は、久しく忘れていた温もりだった。
 
171104
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