「りょーえ、りょーえ……!」
ぴーぴーと泣きながら駆けてきたが、ぼすっとリョウエの脚にぶつかった。ちょっとした大砲レベルの体当たりに動じることなく、リョウエはしゃがみ込んでと視線を合わせる。ぼろぼろと涙の流れる頬を両手で挟んでやると、幼子特有のもちもちとした感触が手のひらに伝わった。
「どうした、ちびっ子。何を泣く」
「りょーえ……あのね、あのね……」
要領を得ない嗚咽を漏らしながら、はぎゅっと胸元で握り混んでいた両手を開く。その柔い手の内に現れたものに、リョウエは眉を顰める。
「つぶれちゃったの、きれい、だから、りょーえにみせたかった、だけなのに」
小さな手の中でぐちゃぐちゃに潰れた、小鳥。元は青かったのだろう羽は赤黒く汚れ、くっきりとついた指の痕やら折れて飛び出した骨やらで見るも無惨な姿になってしまっていた。
「うごかない、どして……?」
ぼろぼろと泣くの頭を、リョウエはぽんぽんと押さえつける。そのまま小鳥の死骸を取り上げたリョウエに、は縋るような目を向けた。
「りょーえ、おねがい、します、なおして……」
「無理だな、もう死んでる」
リョウエはあくまで神を騙る鬼であって、全知全能の神ではない。失われた命を取り戻すことなど、できはしない。リョウエがを助けたのは、には腹を裂かれても生きるだけの力があったからだ。無駄なことなら初めからしない。この小鳥は、何をしたところで手遅れだ。自らの力もまだ抑えられないは、今までのように気軽に鳥に触れてしまったのだろう。なまじ身体能力が高い故に、人間の幼子から逃げられるはずの小鳥を捕まえて、潰してしまった。優しくも厳しいリョウエの言葉に、目を見開いたの手を引いた。
「言ったろ? お前は鬼なんだ、。人間のときみたいに振舞ってたら、この鳥よろしく皆殺しだ。お前は遊んでるつもりでもな、こいつらはそれに耐えられねぇんだ」
「……わたし、ことり、ころした?」
「ああ、潰しちまった。まだ慣れねぇから仕方ねえが、とりあえずこいつは埋めてやるぞ」
愕然と目を見開くを促すように手を引くが、はハッと我に返るとリョウエの手を振りほどく。そして数歩後ずさると、こわごわとリョウエを見上げた。
「リョウエ、つぶれる? ぎゅっとする、だめ?」
「……何阿呆なこと言ってんだ。今まで散々手ぇ繋いでただろうが」
「だって、わたし、おに……」
「己も鬼だ、忘れるんじゃねぇよ」
どうしようもなく、幼い。リョウエと人間の頃のように触れ合えていたから小鳥を握り潰してしまい、小鳥を殺してしまったからリョウエに触れるのを恐れる。ただただ稚く、素直だった。
「己はいいんだ、同じ鬼だからな。けどな、他は『違う』。己とお前は人間同士みてぇに触れ合えるがな、鳥やら人間やらに触るなら手加減しねぇと」
「てかげん……?」
「おう。ほら、そこの土を掘ってみろ」
片手に小鳥を持ったリョウエが適当な場所を指差すと、は慌ててそこを手で掘る。茶碗蒸しを匙で掬うようにざくりと容易に抉れた土に、は驚いた顔をした。勢いよく掘ったがために飛んだ土が頬を濡らす涙と混ざって、どろどろとした茶色い汚れになる。呆然と自分の手を見下ろすの顔を上げさせて、リョウエは着物の裾でその頬を拭ってやった。
「わかったか? 鬼ってのは馬鹿力なんだ。少しずつでいいから、加減を覚えていかねぇと」
ついでに両手も拭ってやって、その手に小鳥を乗せてやる。びくりと肩を跳ねさせたは、もどかしいほど慎重に、おそるおそると指先を小鳥に伸ばす。まだ温もりを残した死体をそっと撫でると、ぽろぽろと涙を零しながら口を開いた。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……」
「…………」
何度も何度も小鳥に謝るを、リョウエはただ黙って撫でる。子どもとはここまで泣き虫なものだっただろうかと思いながらも、煩わしくはなかった。静かな山の中に、ただの嗚咽ばかりがぐすぐすと響く。やがて泣き声が落ち着いていき、目を真っ赤に腫らしたが掘った穴の中にそっと小鳥の体を横たえた。躊躇うようにそれを見下ろすの手を取り、掘り出した土を一緒に掬う。この鳥もいつかは同じ土に還り、命を巡らせていく。苦くはあるがいい経験になったろうと、リョウエはの小さな手を傾けて小鳥に土を被せた。
「りょーえ、さわる、だいじょうぶ……?」
土に濡れた手をリョウエの手に重ねて、は涙に潤んだ瞳でリョウエを見上げる。苦笑を浮かべたリョウエは、自分からの手を握った。
「己は良いって言ってるだろ? お前程度の力で死んだりしねぇから、安心しろ」
失われない温もりに安堵の表情を浮かべたは、ぎゅっとリョウエの手を握り締める。子育てとはなかなか難儀なものだと、リョウエは繋いだ手を引いて立ち上がるのだった。
171112