「ほら様、高い高い!」
「きゃー!」
「……何をしているんだ、ヴェイン!!」
ジークフリートに呼ばれていたランスロットが急ぎ足で大切な主の元へと戻ってみれば、を預かっていたはずの幼馴染がぽーんと一国の王女を宙に放っては受け止めてを繰り返していて。の方も、キャッキャッと楽しそうな声を上げて喜んでいる。真っ青になったランスロットは全速力でを奪取すると、ヴェインの脳天に拳骨を振り下ろした。
「お前は……お前は馬鹿か!!」
「痛い!」
こんなに小さくて軽くて脆くて愛らしい姫をあんなふうに扱って、万が一のことがあったらどうするつもりなのか。穏やかな騎士の本気の怒声に、の大きなあどけない瞳が涙に潤んだ。
「ら、らんしゅ……らんしゅりょと、」
「様も様です、何故あんな危ない遊びをなさるのですか……! あなたにもしものことがあれば、俺は……」
「な、泣くなよランちゃん……」
「泣いてない!」
「らんしゅ、いたいいたい……?」
儘ならなさと不甲斐なさに俯くランスロットに、オロオロと声をかけるヴェイン。その手を跳ね除けたランスロットは、腕の中のがそっと小さな手を伸ばして頬に触れたことにびくりと肩を跳ねさせた。
「ごめ、なさい、らんしゅ……わたしの、せいでらんしゅ、いたいいたい……」
不安そうに眉を下げるに、ランスロットは思わず跪いて許しを請いたい衝動にかられた。奔放なヴェインと、彼と一緒にいるときはいつも屈託なく楽しそうにする。自分の役目はの世話役であり、時に諌めたり希望を曲げてでも守ったりすることも重要な役割であるとわかっていても、いつも笑わせてくれるヴェインの方が好かれているのではないかと、どうしようもない不安に駆られそうになる。けれど、は頼りない手で優しくランスロットの頭を撫でる。信頼しているのだと、頼りにしているのだと、そのあどけない瞳で懸命に訴えてくれる。
「……申し訳ありません、様。いささか、取り乱してしまいました」
「らんしゅ、もう、いたくない?」
「はい、様。あなたのおかげです」
もう大丈夫だと笑うランスロットに、はにこりと笑う。一件落着かと安堵したヴェインの肩を、ランスロットはがしっと掴んだ。
「えーと、ランちゃん?」
「それはそれとして、様を危険な目に遭わせたことは反省しているのか? ヴェイン」
「わ、悪かった! 反省してます!」
「……今回だけだぞ。様もお喜びになっていたようだからな」
ヴェインとて、に害意があったわけではないのだ。を喜ばせようとして、つい村の子どもたちにするようにしてしまっただけだ。実際も楽しそうだったからこそ、責める気持ちも起こらなかった。
「ランちゃんって、なんだかんだ言って結局最後は優しいよなー!」
「なっ……」
「らんしゅ、やさし?」
「そうなんですよ、様。ランちゃんは昔から優しいんです」
「おいヴェイン、余計なことを……」
ついでに言うとの前でランちゃんという呼称を使うなと抗議したいランスロットだったが、は目をキラキラと輝かせて話の続きをねだる。そしてランスロットのことを本心から尊敬しているヴェインが、その求めに応えないわけがなく。
「ランちゃんは昔から頭が良くて、運動も何でもできて、ちょっとやんちゃだったけどいつも俺を楽しい遊びに連れ出してくれてたんですよ!」
「やんちゃ? らんしゅ?」
「そうなんですよ、大人を口先でやり込めちゃったり、誰も思いつかないようなイタズラを考えたり……時々やりすぎて、怒られましたけど!」
怒られたことすら明るい笑顔で語るヴェインに、ランスロットは真っ赤になって幼馴染の口を塞ごうとする。けれどヴェインはひょいっと身をかわして話を続ける。
「でもランちゃんは本当にすごくて、騎士だって推薦を受けてなったんですよ!」
「おいヴェイン、いい加減に……!」
「そうなの? らんしゅ、すごい!」
「様……」
ランスロットの頬に、羞恥や怒りとは異なる朱色が差す。わかりやすい手のひら返しに鈍感なヴェインですら気付いたが、根が善良なヴェインはからかうこともなく二人のやり取りを見守ることにした。
「じーくも、べいんも、おとーさまもおじさまも、みんな、らんしゅはすごいねっていうよ!」
「あ、あの、様……」
「いざべらも、きしだんのみんなも、らんしゅに『きたい』してる、って! らんしゅ、かっこいいね!」
純粋無垢な憧れと尊敬の眼差しに、ランスロットは赤面した顔を手で押さえる。額も頬も、それを押さえた掌も熱く火照っていた。
「その、様は……様も、俺に期待してくださいますか」
情けないと思いながらも訊かずにはいられなかったランスロットに、は満面の笑みで大きく頷く。
「らんしゅは、いちばんの『きし』だよ! やさしくて、かっこよくて、つよくて、なんでもしってて、すごいんだよ!」
「……!!」
「良かったなー、ランちゃん!」
感極まって胸を抑えたランスロットの背中を、ヴェインがばしばしと叩く。身近な存在を世界で一番のように扱うのは幼子特有の世界の狭さだが、その無知すら愛らしかった。それは幼い頃からヴェインに向けられていた尊敬とも似ていた。神童と言われていたランスロットだとて、騎士団に入って広い世界を知り、自らを弁えている。何より、一番の騎士はジークフリートだという憧れと尊敬がある。けれどの幼気な尊敬が、ただただ嬉しくて。だらしなく緩みそうになる顔を、少年騎士は必死に隠すのだった。
171112