「聞いてくれ、パーシヴァル」
「どうした、ランスロット」
 その青い瞳はあまりに真剣な色をしていた。だからパーシヴァルも、真剣な声で返した。きっと先ほどまでの訓練の内容についての話だと思ったのだ。フェードラッヘ王女の世話役に任命されたといえど、ランスロットもまだ修行中の身である。こうして毎朝の訓練でしっかりと鍛錬をこなし、夜も勉学を怠らない。久々に手合わせをしたパーシヴァルも舌を巻くほど、ランスロットの力量は生温い世話役生活で衰えるどころかむしろ以前より刃の重みが増していた。それでも眉間に皺を寄せてパーシヴァルに話しかけるあたり、熱心なことだとパーシヴァルは感心しかけたのだが。
「昨日様が、『らんちゅ』と噛んだんだ」
「……は?」
「今までは『らんしゅ』という噛み方だったんだ。『らんちゅ』は新しい」
「だから何だ」
「愛らしいだろう!? お前にはこの可愛らしさが理解できないのか?」
 微塵も理解できん、すんでのところでその言葉を呑み込んだパーシヴァルは曖昧に呻いた。下手に反論する方が面倒くさそうだ。確かに幼い王女は誰が見ても愛らしいと言うであろう容姿と振る舞いだが、ランスロットの言う「可愛い」はそういうことではない気がする。というかがランスロットの名前をどう噛んだところでパーシヴァルにとってはどうでもいいとしか言いようがない。ついでに言うと、それは最早親馬鹿とかいうものに近い感情である気がする。つまるところ、非常に面倒くさい。
「お前はいつから王女の親になったんだ」
「俺は世話役だ。姫様の健やかな成長が俺の喜びだ」
「騎士というよりも執事か従僕のようだな」
「世話役だからな」
「何故そこで誇らしげになる」
 本当に理解できん、と今度こそ呟いたパーシヴァルに、ランスロットは首を傾げる。鍛錬の汗を水で流したパーシヴァルは、髪の先からぽたぽたと水を滴らせるランスロットにタオルを投げつける。それを事も無げに掴んだランスロットと並んで鍛錬場に戻れば、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「なッ……!?」
「……様!? 何故こちらに、」
「らんしゅ? ぱしばる、も!」
「……ああ、戻ったか」
 鍛錬場の横の草地に座した彼らの騎士団長と、その髪を三つ編みにして花をさす。ジークフリートの茶色い髪に編み込まれていく薄いピンクや水色、黄色の花。傍で見ていたらしいヴェインが「様は器用ですねー」と呑気な笑顔を浮かべ、ランスロットの隣のパーシヴァルはぼそっと「ラプン〇ェル……」と呟いた。
「なっ……じ、い、様……!?」
 真っ青な顔で混乱するランスロットが途切れ途切れに発した言葉を、ヴェインだけが幼馴染パワー的な何かで理解する。「なっ、なんでジークフリートさんの髪が、いやとてもお上手ですが、様が……!?」というその言葉に応えて、「俺は髪短いからダメだってさ」と一輪だけ花を差された耳元を見せてヴェインが笑った。それを見たパーシヴァルが吹き出そうとして、ジークフリートの手前妙な咳払いでごまかす。
「んん゛ッ……王女、何故このようなところに?」
「え? えーっとね、うーんと、あのね……なんだったかなぁ、じーく?」
「おつかいです、姫様」
「おつかいだって、ぱーしばる!」
「……して、そのおつかいとは」
 どうやらジークフリートの髪で遊ぶのが楽しすぎたらしく、肝心のここへ来た理由を忘れしまっていたの天真爛漫さに一瞬無言になったパーシヴァルだったが、心を強く持って問い直す。けれどが口を開く前に、隣にいた親馬鹿が持ち前の俊敏さを無駄に全力で発揮してしまっていた。
様! 何故俺の髪でお戯れになってくださらないのですか! ジークフリートさんほどではありませんが、俺も結べるくらいはあります!」
「でもらんしゅ、みちゅあみできないよ?」
「成せば成ります! みちゅあみでもラ〇ンツェルでも、お好きになさってください!」
「ラプ〇ツェルってなあに?」
 こてんと首を傾げたに、ラプンツェルとは何か懇切丁寧に解説していくランスロット。最早本題など埋もれしまっているが、主従はひどく楽しそうである。慈愛の笑みを浮かべたジークフリートの横で、げんなりとした顔をしたパーシヴァルが呟いた。
「おい、なんだあの不毛でしかない会話は」
「いいじゃないか、微笑ましいぞ」
「そういう問題か? だいたい本当に王女は何をしにいらしたのだ」
「ああ、それはな……」
「――嘘でしょう!?」
 悲鳴じみたランスロットの声に、の要件を説明しようとしていたジークフリートがそちらを振り向いた。見れば、きょとんとしたの前でランスロットがこの世の終わりかと思うような絶望の表情を浮かべていた。
「な、何故……」
「いざべらとしるふさまがね、どーこくのたににいくんだって! それで、じーくとらんしゅについてきてほしいんだよ? あぶないから!」
「で、ですが俺の他にも適任は……俺が様の元を離れてまで、」
「らんしゅがいっぱいすごいんだよ! っておとーさまとおじさまにおはなししたらね、らんしゅにおねがいしようかって! すごいねらんしゅ、かっこいいね!」
「…………不肖ランスロット、精一杯……職務に励んで参ります」
 なるほど、とパーシヴァルが呟いた。慟哭の谷で霊薬アルマを作りに行くシルフとイザベラの、護衛の任務。騎士団長であるジークフリートは当然として、ランスロットもの間接的な推薦によりついて行くことになったらしい。可愛い盛りのを置いていくことに猛抗議のランスロットであったが、そもそもがそのによる推薦であるためどうしようもない。このところ馬鹿極まるランスロットにはいい薬だろう、と鼻で笑ったパーシヴァルだが、ふと疑問に思う。そしてその疑問は、ランスロットが代弁した。
「その……俺の代、役は……いったい、誰が」
「ぱーしばるかべいんにおねがいしてきなさいって、いわれたよ?」
 の言葉に、ぐりんっと凄まじい勢いでランスロットがパーシヴァルを振り向く。その瞳には嫉妬だとか悔しさだとか様に何かあったらただでは済まさないだとか、様々な感情が煮詰まっていたがパーシヴァルはさっと視線を逸らした。自身に悪感情はないが、が絡んだランスロットは面倒くさい。ヴェインの方が接点もあるし、引き受けるなら子供慣れしていて面倒見のいいヴェインだろう。そう思ってヴェインに視線を向けるも、ランスロットの視線はパーシヴァルから剥がれない。終いにはパーシヴァルにツカツカと歩み寄ってきて、ガッと肩を掴まれた。
様を……頼んだぞ、パーシヴァル」
「おい待て何故俺に決まっているんだ」
「ヴェインは……正直なところ、不安だ。様をお手玉にしかねない。前科もある」
「お手玉だと?」
「それに様とヴェインの距離がこれ以上縮んだら俺は……いや、パーシヴァルは面倒見はいいが一見アレだから、そういうことはないだろうと俺は安心している」
「意味のわからないことを並べて、勝手に安心するな」
「ともかく頼んだぞパーシヴァル、様の得意教科はフェードラッヘ国史で、苦手教科は力学だ。先日も騎空艇の原理についてのレポートで頭を悩ませておいでだった。何を訊かれてもいいように備えは万全にしておけ。それと様はああ見えてとても活発でいらっしゃるから、一度見失うと城中を駆け回るハメになる。常に動向を把握しておくのは勿論のこと、鍛錬は怠るな。この間はなぜか石塔の屋根にまで上がってしまわれて、俺が救出したが正直鍛錬不足を痛感した。好きなおやつは厨房勤めのマーサさんが作るシュークリームだ、三日に一度は必ずお出しできるように手配しろ。それと好き嫌いは少ないが就寝前のカモミールティーだけは中々飲んでくださらないから、」
「一度黙れランスロット! それは全部紙に書いて寄越せ!」
 小さいノートを取り出してランスロットに書かせ始めたパーシヴァルを見て、パーシヴァルは優しいなあとヴェインが笑う。優しいねー、と同意したに、ジークフリートも柔らかい笑みを浮かべて頷いた。なんだかんだと言いつつ引き受ける前提で間違いのないように引き継ぎを書かせているところだとか、使用人のような役割であるのに文句のひとつも言わず効率や対策についてダメ出しをしつつ改善を図っているところだとか、上流貴族とは思えない面倒見の良さである。ふんふんと真剣に頷いてメモに訂正を入れていくランスロットも、の世話役は自分だという意識はあるものの根の実直さがよく表れていた。
「でもやっぱり、ちょっとさみしいなあ……」
 ぽつりと呟いたに、その場にいた騎士たちが皆顔を上げてのほうを見る。ハッとしてわたわたと慌てて発言を取り消そうとしたに、ランスロットがぶわっと顔を赤くして。
「このランスロット、必ずや無事に様の元へ戻って参ります!」
「ほんとう? 待ってるね、ぜったいだよ?」
「はい! この誓い、違えはしません!」
 神速での元に跪き、手を取り誓いを立てるランスロット。重症だな、と呟くパーシヴァルに、ジークフリートやヴェインはただ微笑ましそうににこにこと笑うのであった。
 
180123
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