「……存外、しっかりしているものだな」
「?」
意外と手がかからないものだと、パーシヴァルは安堵と感心が綯交ぜになった溜め息を吐く。ランスロットから申し送りを受けたときはとんだお転婆姫を任されたと思ったものだが、その実無駄にパーシヴァルの手を煩わせることもなく、概ね『いい子』で過ごしていた。ランスロットが無駄に甘やかすから手が掛かるのではないかとも思ったが、パーシヴァルは緩く首を横に振った。あの生真面目なランスロットは、可憐な姫に心から寄り添っているのだろう。我儘ではなく、信頼故の甘え。それはパーシヴァルにはまだ向けられないものだ。思えばにはきょうだいもなく、王女という立場故に友人もいない。地位ある者の孤独を少なからず理解しているパーシヴァルは、まだ幼いを不憫に思う。自分には兄弟がいたが、にはそれもないのだ。幼いとはいえ我儘の許される立場ではないが、ようやく心を預けられる者ができたのだ。多少の子どもらしい甘えは、許容されるべき弱さだろう。
「侍女が王女のために淹れたものだ。温かいうちにそれを飲んで、早く寝るといい」
「う……あとちょっと、おはなししたい……」
「そんなに眠そうなくせに、何を言う」
ランスロットの言っていた通り、就寝前の飲み物だけは中々飲もうとしない。それはお茶が嫌いとかではなく、眠りたくないという寂しさの表れのようだった。パーシヴァル相手には珍しくぐずるようなを宥めて、寝かしつけようと声をかける。けれどはきゅうっと唇を引き結ぶと、何か言いたげな様子を見せた。
「……どうした。何か言いたいことがあるのなら、聞いてやろう」
「いいの?」
「あまりに長くなるようであれば無理だがな。夜更かしにならない程度なら、付き合ってやる」
「……ありあとー、ぱーしばる」
あのね、とは拙くも言葉を紡ぐ。の口から出た言葉に、パーシヴァルはわずかに目を見開いた。
「らんしゅ、わたしの『せわやく』、いやかなぁ……?」
「……何故、そのようなことを? あれの態度を見ていれば、そんな考えは出てこないと思うが」
「うーん……らんしゅ、いっぱいやさしい、けど……じーくたちとはなしてて、とっても、たのしそうだったの」
「それは、出立の前の話か?」
「うん、らんしゅ、『せわやく』よりも『きしだん』、やりたいのかなぁ、って……ぱーしばるも、きしだんがいい?」
はたどたどしい言葉で、ランスロットは本当はの世話役ではなく騎士団の任務に就きたいのではないかと不安を語る。幼い割に妙に聡いな、とパーシヴァルは眉間に皺を寄せる。もしやそれでランスロットを任務に行かせたのかと思ったが、さすがにそれは考えすぎだろう。それはともかく、とパーシヴァルは不安げなを見据える。
「杞憂だな」
「きゆー?」
「しなくてもいい心配だということだ。確かに俺たちには、騎士としての誇りや矜持がある。磨き上げた武を以て国に尽くしたいという願望もある。だがそれは、王女の世話役を務めることで翳るものではない」
「……?」
「世話役の任は、ランスロットにとって栄誉ある大役だ。王女に尽くすということは、ひいてはこの国に尽くすことでもある。我儘極まりない傍迷惑な姫ならともかく、様は立場も良識もよく弁えている。多少のお転婆はまあ、愛嬌というものだ。個人的には、もう少し好奇心を抑えてほしいところではあるが……俺だとて、王女の世話役を誇りをもって務めている」
「う、ん?」
「誰も、王女のことを疎んだりはしない。特にランスロットは誰が見ても王女馬鹿だ。心配するようなことは何もない」
「……ぱーしばる、むずかしいことばっかりいう、けど、やさしいね」
「一言余計だ。ほら、いい加減にそれを飲んで寝ろ」
「うん、ありあと、ぱーしばる」
「……礼を言われるようなことではない」
就寝を促すパーシヴァルに、は何が楽しいのかにこにこと笑って冷めたお茶に口をつける。楽しいのではなく嬉しいのだと気付けば、妙に背中のあたりがくすぐったいような感覚になる。それを無視して、パーシヴァルは空になったティーカップを受け取った。
「――おやすみ。良い夢を」
「らんしゅ! おかえりなしゃい!」
飛びつくようにランスロットを出迎えた姫の姿に、一瞬驚きで丸くなった青い瞳はふわりと喜びの色を浮かべる。あの慕いようを見てよく不安など抱けるものだ、とパーシヴァルはしみじみ思った。
「様……あなたのランスです。この通り、無事戻りました。様もお変わりないようで何よりです」
「らんしゅ、げんき? ちゅかれてない? らんしゅがかえってきてくれて、うれしい!」
「はい、様のお姿を見れたので旅の疲れも吹き飛びました。帰ってきて一番に様にお目にかかることができて、俺も嬉しいです」
頬を緩めてと目線を合わせるためにしゃがみ込むランスロットに、パーシヴァルは溜め息を吐く。どうしてランスロットがあそこまで懐いて入れ込むのかと不思議に思っていたが、要は放っておけないのだろう。幼く稚い好意は、隠されることがない。あの真っ直ぐな笑顔から目を逸らせない気持ちは、少しだけわかるような気がした。楽しそうな主従の様子を前に、パーシヴァルは他の仲間を出迎えるために踵を返す。今日からまたランスロットの語りを聞くことになるのかと思うとげんなりとしたが、数分くらいなら付き合ってやってもいいかと思うのだった。
180131