「しりゅふしゃまー」
「……か。今日も健やかだな」
 フェードラッヘに繁栄をもたらす星晶獣、シルフ。蝶を思わせる羽を持つ可憐な少女の風貌をした彼女は、国民皆に愛され慕われている。シルフのもたらす霊薬によって、フェードラッヘは栄えているのだ。執政官であるイザベラにより厳重に守られているシルフは王女であるとて気軽に会えるような相手ではないが、にこにこと笑うの鼻の頭には埃がついている。どこぞの隙間を潜ってやってきたのだろう、今のの姿を見ればランスロットは二重の意味で悲鳴を上げるに違いなかった。
「膝に乗るといい、。あなたは温かくて好ましい」
「しつれ、します!」
 けれどシルフにとってはも等しく人の子であり、ドレスが多少埃っぽくなっていようとはしたないと怒ったりはしない。軽くはたいて埃を払ってやったシルフが手招くと、はにこにこと綿飴のような笑顔を浮かべたままシルフの膝へいそいそと上った。
「しるふしゃま、あったかいね!」
「あなたも、温い」
 火の力を持つ星晶獣に頬をすり寄せたに、シルフの硬い表情も僅かに和らぐ。シルフの膝の上で丸くなって目を閉じるは、さながら人の膝に乗る仔猫のようで。シルフの小さな手が頬に触れると、ふにゃりとの目元が更に緩んだ。
「いまね、らんしゅとかくれんぼ、してるの」
「そうか」
「だからね、しるふしゃま、らんしゅにきかれても、わたしはいないよっていってね?」
「いないのか」
「いないの!」
 そうか、と頷いたシルフはをぽふりと自らの羽で覆うように隠す。ふわふわとしたシルフの首元に頬を寄せて、は微笑んだ。

様は、隠れんぼが本当にお得意ですね」
「えへへー」
 シルフの元から帰るときにまたあちこち潜ってきたの顔を濡らした布で甲斐甲斐しく拭うランスロットは、まったくを見つけられなかったことに密かにショックを受けていた。のことをよく理解し、とても近いところにいると自負していただけに、例え遊びとはいえの行き先を掴むことすらできなかったことはランスロットに大きな衝撃を与えたのだった。
「あなたの世話役として、忸怩たる思いです……」
「じくじ?」
様を見つけられなかったことが、悔しいのです。あなたが見つからないことが、こんなに怖いことだとは思いませんでした」
「らんしゅ、こわいの?」
「……はい。様がどんなに探してもいらっしゃらないのは、とても恐ろしいことです。目の前が、どんどん暗くなっていくような……」
 ランスロットにとっては絶対の庇護対象であり、騎士の忠誠を誓った主の一人でもある。そのを見失うことの恐怖を、今になってランスロットは自覚したのだった。
「…………」
 最初は、ランスロットにかくれんぼで勝ちたいという純粋な気持ちだった。けれど想定外のランスロットの落ち込みように、は目を瞬く。
「ごめんね、らんしゅ……」
「いえ……俺が不甲斐ないだけのことです」
「……あのね、らんしゅ、」
「? はい」
「わたし、いなくならないよ。らんしゅがこわくないように、ずっとらんしゅのみえるところにいるから、だから、だいじょうぶだよ?」
様……」
 目を丸く開いたランスロットの両手をぎゅっと握り、は陽だまりのような笑顔を浮かべる。
「ね、だいじょうぶだよ、らんしゅ。ここにいるよ?」
、様……!」
 かけられる言葉も握られた手も、泣きたいほどに暖かい。慈しみに溢れた性情は、フェードラッヘ王家に共通なのだろうか。の手をおそるおそる握り返して、ランスロットはくしゃりと笑った。
「ありがとうございます、様……俺は何があっても、様がどこにいても、きっと様を見つけられるようになります」
「そうなったらわたし、かくれんぼでまけちゃうね」
「はは……明日もまた、かくれんぼをしましょう。今度は俺が必ず勝ってみせます」
「らんしゅ、みつけられなくてなかない?」
「な、泣きません!」
 純粋な疑問からこてりと頭を傾げたに、ランスロットは顔を真っ赤にして否定する。きゃいきゃいと明日の遊びのことで話に花を咲かせるとランスロットの元に、コツコツと足音を立てやって来た者がいた。
様、ご歓談中に失礼致します」
「いざべら?」
「イザベラ様……!?」
 執政官の姿に、ランスロットは思わず身構える。王族であるとはいえとは今は多少気安い仲であるが、執政官イザベラの姿はランスロットに姿勢を正させる。ちらりとランスロットに目をやり、楽にせよと微笑んだイザベラは、そっとを抱き上げた。
「国王様がお呼びです、様。とても大切なお話があるのだそうですよ」
「おじさまが?」
「ええ、私が伴を致しますから、一緒に参りましょう」
「……うん! らんしゅ、またあとでね!」
「今日はもう退がってよいぞ、ランスロットといったか。ご苦労であった」
「は……はっ!」
 ひやりとした微笑みを浮かべたイザベラは、「またあしたね!」とぶんぶん手を振るを危なげなく抱きかかえて歩き去っていく。そういえばランスロットが世話役に就く前はイザベラもの面倒を見ていたのだったか、と思いつつランスロットはを見送った。
(さて、どうするか……)
 ここ最近はずっと夜までと一緒にいたため、ぽっかりと空いた昼下がりに何をすべきか悩む。鍛錬に行こうかとも思ったが、生憎今日は騎士団のほとんどが野外演習に出ている日だ。一人で鍛錬をしようかとも思ったが、ふと思い出したことがあって足の向きを変える。
(木苺を採りに行こう)
 ランスロットを安心させる言葉をくれたを、喜ばせたい。あの日見たの楽しそうな笑顔が、また見たかった。赤く色づいた甘い実を籠にたくさん持っていけば、きっとは目を輝かせてはしゃいでくれるだろう。きっと国王や王弟、ジークフリートやヴェインたちのところにも駆けていって『お裾分け』をするに違いない。楽しさや嬉しさを他人と共有しようとするの性格は、ランスロットにとって好ましかった。もしかしたら、またランスロットに手ずから木苺を食べさせてくれるかもしれない、と考えてハッと我に返る。何を考えているんだ、とぶんぶん首を振って、でも今なら前ほど緊張せずにいられるかもしれない、なんて考えてしまって。
自分の中で、の存在がとても大きなものになっていることに気付く。そのことに何だかくすぐったいような気持ちになって、ランスロットは自分でも気付かないうちに頬を緩めるのだった。
 
180206
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