「ランちゃん、大丈夫か?」
「……ヴェイン」
「っと、大丈夫って答えるしかないよな。ごめん」
 ファフニール討伐に向かう道中、険しい顔で空を見つめるランスロットに、ヴェインが躊躇いがちに声をかける。幼馴染が何を考えているのか、言葉にしなくとも解ってしまうのだろう。ヴェインの気遣いに、ランスロットは少しだけ眉間の皺を緩めた。
「……様、誘拐犯のところから逃げ出してるかもしれないな。けっこうお転婆だから」
「……あれはヴェインの影響だろう。俺はもう少しお淑やかでいてほしかったんだ」
「そんなこと言って、全然お淑やかさなんて求めてなかっただろ? ランちゃんもなんだかんだ言って様の遊びに付き合うから、様は何でもしちゃうんだよなあ」
「そ、それは……! 何かあれば、俺がいるから大丈夫だと思って……!」
「そうそう、いつだったか様が石塔の屋根から降りれなくなっちゃったことあるだろ? 怖くなかったのかって訊いたら、『らんしゅがたすけてくれるのまってたから、こわくなかったよ!』って言うんだぜ? いやー大物だよなー!」
 のほほんとしているようでいて、時折こちらのど肝を抜くようなことをする王女だった。不思議と他人の迷惑となるようなことや、本当に洒落にならないようなことはしなくて、困惑しながらも気付けばこちらも笑顔になっているような、周りを明るくする魔法でも持っていたのかと思うほどで。あのパーシヴァルに恋愛小説を朗読させていたときは、通りがかった黒竜騎士団の皆が我が目を疑った。律儀に応じるパーシヴァルが偉いのか、そうさせるの人徳なのか。ちなみに、パーシヴァルの朗読は異常に上手だった。
「あの、様って……?」
 遠慮がちに尋ねてきたルリアに、ヴェインは笑顔で答える。
「うちの自慢の王女様だ! とっても可愛くて、すっごいお転婆なんだぜ!」
「わぁ、ぜひお会いしてみたいです!」
「あー……うん、そうだな。会えるといいよな」
「?」
 曖昧なヴェインの苦笑いと、途端に険しいものに戻ったランスロットの表情。ルリアの横にいたグランが、それはどういうことか訊いても大丈夫かと二人を窺う。少年騎空士の気遣いに、ランスロットは申し訳なさそうに笑った。
「すまないな、気を遣わせて……端的に言うと、様は今攫われてしまっているんだ」
「なんだって!? そいつぁ大事じゃねえか!」
「そうですよ! いったいどういうことなんですか?」
「……まず、今回のファフニールの件と様の誘拐の件は密接に関わっている。というのも、ファフニールの封印を守っていたのが様だからだ」
「王女様が攫われたから、ファフニールの封印が解けた……?」
「じゃあ、先に王女を見つけなきゃいけないんじゃないのか?」
「そうしたいのは、山々なんだが……」
 ランスロットの苦い面持ちに、グランがビィを窘める。気にするなと首を振って、ランスロットは言葉を続けた。
様が守っていた縛龍の封印自体は、ある程度の技量があれば誰でも扱える。言い方は悪いが、封印を施すのは誰でもいいんだ。様が攫われたから解けたというよりも、様という守り人を失って無防備になったところを解かれた、と言うのが正しいかな」
「今は目覚めちまったファフニールを封印し直して、食われたシルフ様を助けるのを急がなきゃいけないんだ。皆様のことが心配で仕方ないけど、誘拐犯が変なこと言ってたらしくてな」
「変なこと、ですか?」
「『王女は必ず王都に帰す』『それまでは必ず王女を守る』……と兵たちに告げたらしい。様を攫った目的もわからない。ただ封印を解きたかっただけなのか……」
「そいつぁ確かに、ヘンテコな誘拐犯だなあ」
「……王女を王都に、連れていきたいだけ、とか」
 グランがぽつりと呟いた言葉に、ランスロットもヴェインも目を見開いて固まる。どういう意味だよ? と問うビィに、グラン自身もよくわからなさそうに首を捻った。
「……そっか。そうだといいよな。様だって、帰りたいよな」
「………………」
「ランスロットさん?」
「ああ……いや、何でもないんだ」
「ランちゃんは昔様の世話役をしてたから、様と仲が良くてさ。何年も会ってなかったし、国王様と同じくらい、様のことが心配なんだよ」
「それは……つらいですね」
「……十二年だ」
「え?」
「この十二年、様はずっと慟哭の谷にいた。それでも俺は、一度たりとも様を忘れたことはない……そのくらい、俺にとって大切な御方だ。だが……いや、だからこそ」
 道の脇に生えていた、木苺の茂みに目をやる。未だ実もつけないその茂みにランスロットが視線を向けた理由は、誰も知らない。あれはランスロットとだけの秘密だ。木苺そのものは多くの人の手に渡されようと、共に木苺を摘んだその時間だけは、二人だけの秘密だった。
「一刻も早くファフニールを倒し、シルフ様を救出する。そして、様を見つけ出す。それが今の俺に尽くせる最善だ。誘拐犯の目的が何であろうと……俺は必ず、この手で様を取り戻す」
 ぐっと拳を握り締めて、決意を固める。慟哭の谷は、もうすぐ近くだった。
 
180210
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