……お主はジークフリートの元から逃げてきたのか? よくもまあ……」
「あのねお父さま、ちがうの。わたし、ジークにゆうかいされてないよ? ジーク、わたしをたすけてくれたの」
「なんと、それは……いったい、どういう……」
「ジークね、お父さまに会いにいってきなさいって、言ってくれたよ? ヨゼフさまと、約束してたから、って」
「先王と……!? しかし彼は、」
「お父さま、わたしずっと、ファフニールの中にいたの。ジークが、たすけてくれたの。ヨゼフさまが、わたしをお父さまのところに帰してあげてって、おねがいしたんだよ」
「ファフニールの、中に……!?」
 の口から出た言葉の衝撃の大きさに、カールは目を見開く。けれどその瞬間、にわかに城下が騒がしくなった。
「何事だ?」
「……まもの、魔物が出たって、さけんでる……」
「何だと……!?」
「わたし、みてきます!」
「待たんか、! まだ話は……」
「また、お話しにきます! ジークといっしょに!」
 頼りない赤い翼を一生懸命はためかせて、はカールから離れる。それがまるで巣立ちの雛のように思えて、カールは止めようとする言葉をぐっと呑み込んだ。はまだ子どもだ、それでも今は何かすべきことを見つけて動いている。ならば親はそれを見守らねばなるまい。いざというときは周りの大人が助けてやればいいのだ。自分も、騎士たちもいる。時には親である自分よりに甘かった騎士たちの姿を思い浮かべて、カールは飛び去っていくを見送るのだった。

「わっ、わあっ!?」
 襲い来る魔物たちから一生懸命逃げながら、ジークフリートのいる地下へ戻ろうと危なっかしくは飛ぶ。試しに飛んでみたら飛べてしまったことにジークフリートは複雑そうな顔をしていたが、「機動力が上がるのは何よりです」と言ってくれた。ずっと動いていなかったせいかはまだうまく歩けず、少し走れば足がもつれて転んでしまう。少しふらふらしているとはいえ飛んだ方が一人でも魔物から逃げられる現状、経緯がどうあれ使えるものは使うべきである。ジークフリートは感傷と実利を切り離せる人間で、はジークフリートほど自分の変化に痛ましさを感じていなかった。ランスロットにも父親にも、わかってもらえた。大切な人たちに『自分』が受け入れてもらえるのなら、それで充分だと。の容貌の変化によりも傷付いているのは、或いはジークフリートかもしれなかった。
様!」
 あわあわと飛んでいたの周りの魔物を文字通り蹴散らして、ジークフリートが現れる。が騒動を受けてジークフリートの元に戻ってきたことを察して、地下に戻りましょうとその手を取る。けれどそこに、タイミング悪くジークフリートを追ってきたランスロットが現れてしまった。
「逃げるな、ジークフリート!! ……様!?」
「らんす!?」
「ジークフリート、貴様……様、今お助けします!」
 ジークフリートが無理矢理を連れ去ろうとしているように見えたのだろう。怒りを露わにするランスロットは両手に構えた剣をそのままにを取り戻そうと突撃してくる。武人としての反射で咄嗟に迎撃の構えをとってしまったジークフリートは、それをひどく後悔した。
「やぁっ……!!」
、様……?」
 は、拒絶を見せた。ジークフリートではなく、ランスロットに。咄嗟に自分を庇うように頭に手をやったを、ランスロットはその場に立ち竦んで呆然と見つめた。カランと音がして、ランスロットの手から剣が滑り落ちる。
「ごめ、ごめんなさい、ごめん、なさい、やだ、ころさないで、」
 翼を広げて、必死に自分を守ろうとする子ども。その口からは、懸命に許しを乞う声ばかりが溢れていた。憎悪の表情を剥き出しに、武器を手に迫り来るランスロットの姿が、を十二年苛んだ夢の記憶に重なったのだ。
「やだよぉ……いたいのやだ、ごめんなさい、わたし、なにもしないから、いいこにするから、ころさないで……たすけて、らんす……らんす、どこ……?」
「……ッ、」
 泣きじゃくるの時は、ファフニールの夢の中で止まっていた。幼い子どものように嗚咽するの中身は、まさしくがんぜない子どものままなのだ。が呼ぶランスロットは、今目の前に立つ白竜騎士団の団長ではない。『明日』の約束を交わした、の騎士ランスロットだった。
「らんす、らんすろっと、たすけて、らんす、」
「あ……」
 唖然として立ち尽くすランスロットの脳裏に、慟哭の谷でジークフリートが放った言葉が蘇る。ファフニールの腹の中に、がいたと。その時は信じなかった、けれどそれが、真実だったのなら。はずっと、こうして助けを求めていたのだ。たった一人、一番の騎士と信じたランスロットの名前をずっと、呼んでいたのだ。助けてと。
ランスロットはに何が起きたのか、そのほとんどをまだ知らない。けれどがずっと泣いて助けを求めていたのだと、今目の前の光景に思い知らされる。龍の巣へは何度も行った。その時もずっと、は目の前のファフニールの中で、
「らんす、わたし、ここにいるよ……?」
 あどけない大きな瞳が、虚ろに『ランスロット』を探して涙に潤む。その瞳に、ランスロットは映っていなかった。
 『こんどは、らんしゅがみつけてね?』
『次は必ず、俺が様を見つけます。あなたの騎士として、この剣に誓います』
 見つけられなかった。はずっと、そこにいたのに。ランスロットを信じたとの約束を、果たせなかった。どさりと音がして、自分の体が地面に崩れ落ちたのだと知る。どうしてか、鎧がひどく重く感じられた。
「……大丈夫です、様」
 ランスロット同様暫く呆然としていたジークフリートが、そっとを抱き上げる。
「ランスロットは必ず来ます。約束を果たしに、必ずやって来ます……あなたの、騎士ですから」
「……ほんとう?」
「はい。ですからどうか、もうお泣きにならないでください。私は慰め方が下手だと、ランスロットにもパーシヴァルにも怒られてしまうのです」
「……うん、ごめんね、じーく」
 ひぐひぐとしゃくりあげるをあやしながら、ジークフリートは踵を返す。追うことのできないランスロットを、ジークフリートはちらりと一瞥する。その顔には、深い憐憫が浮かんでいた。
 
180211
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