「ふむ……炎の制御か」
 今はカルマに侵された土地を浄化するため、探し物をしているというジークフリート。フェードラッヘに立ち寄ったかつての師を捕まえて助言を求めたランスロットに、ジークフリートは顎に手を当てて考え込む。二人の視線の先では、ヴェインが何やら一生懸命に教えていた。
「ほら様、ぷーっ!」
「ぷー?」
「そうです様、そのままぷーってしましょう!」
「……あれは何をしているんだ?」
「……恣意的に炎を吐く練習だそうです」
「あの位置でそれをやったら、」
「アヂッ!?」
「顔面に炎を浴びましたね」
「目の前に立つから……まあヴェインも炎への耐性は高いから、問題ないだろう」
 椅子に座るの前に膝立ちになり、熱心に力の使い方を教えていたヴェインは深く考えない性格が災いして正面からまともに炎を浴びていた。とはいえ仔竜のの炎では、多少熱い思いをした程度だろう。ヴェインもランスロットと同じ水の属性である。幸いというべきかに対しては相性が良かった。
「まあ、ヴェインのやり方もあながち間違いではない。後天的なものではあるが、俺たちが水や土の力を使うのと同じことだ。自分の意思で炎を操れるようになれば、体内から火が溢れることもなくなるだろう」
「そうですか……ありがとうございます、ジークフリートさん」
「いや、俺も様のことは気になっていたからな。必要なことがあれば、いつでも呼んでほしい。炎を扱う者が教えるのが、一番だとは思うが……」
 フェードラッヘは何故か、水の属性に適性がある者が多い。或いは風か。炎を扱う者は珍しい。シルフは炎の力を司る星晶獣だったが、今はいない。グランの騎空団に頼るべきだろうか、と思いつつもランスロットとジークフリートの脳裏には同じ人物が浮かんでいた。
「パーシヴァルがいれば、良い指導役になったのではないかと思うが。あれは今、この国にはいないのだろう?」
「はい、パーシヴァルは諸国遊学の旅に出ているそうです……今頃、どこを旅しているのやら」
 なんだかんだとダメ出しをしつつも相手を放っておけない、そんな偉そうな問題児のわかりにくい優しさを思い出してジークフリートは穏やかな笑みを浮かべる。
「あっつあ!?」
 今度は掌から炎を出せるようにと教えていたヴェインが、熱が入りすぎて手を握って教えていたために手に炎を浴びたらしい。真顔になった師弟は、ヴェインに任せていてはがヴェインを黒焦げにしてしまうという危機感から傍観をやめて二人の元へと向かうのだった。

「諸国遊学、ですか?」
 の手を引いて城内を散歩していたランスロットの元に、突然カールがやって来て告げた言葉。王の来訪に驚愕して身構えたランスロットは、鸚鵡返しにカールの言葉を繰り返した。
「うむ。正式な命令は後日下すが……グランの騎空団と共に行動して、諸国の様子を学んできてほしいのだ。ついでと言っては何だが、そこのお転婆娘も連れて行ってほしい」
「わたし? ついていっていいの?」
「うむ。お主は何年も寝こけておったから、これもいい機会だろう。外の世界をよく見て、よく学んでくるといい」
「ほんとう? ありがとう、お父さま!」
「よ、よろしいのですか?」
「そなたとヴェインがついているのだ。心配は要らんだろう」
 カールが後ろに控えていたヴェインに視線を向けると、ニカッと笑ったヴェインはに「様、ちょっとあっちで俺と遊びましょうねー」と声をかけて二人から少し離れたところへ連れていく。きゃあきゃあと楽しげに戯れ始めた二人を眺めながら、カールは口を開いた。
「『団長が様にかかりきりにしたそうだけどそうもいかないから、かかりきりになれるように国外にでも行かせてやってくれ』……と白竜騎士団の皆に頼まれてな」
「なっ……も、申し訳ありません」
「よい、謝るようなことではない。団長想いの良い部下たちではないか」
 ころころと笑うカールの前で、ランスロットは顔を赤くして俯く。自分はそんなにわかりやすかっただろうか。そもそもこんなことを聞かされてどんな顔で部下の前に立てばいいのか。とりあえず愛情を込めたランニング十周を言い渡しておこうとランスロットは決意した。
「気に病むな、と言ってもそなたは気に病むだろう。あの鈍感娘が一見気にしないようでいるから、余計にな」
「……様は、もっと周りを責めても許されると思うのです」
「あの子に、責められたいか」
「……はい」
「私もだ。よく十二年も放っておいてくれたなと、恨み言のひとつでも言われた方がましだった」
「え……?」
 思わぬ言葉に目を瞠ったランスロットに、王は苦笑する。日頃お転婆娘とを叱り飛ばす王の態度は、どうやらそれなりに無理をしてのことだったらしい。
「本音を言えば、もっと甘えてほしいのだ。この十二年できなかったことを、取り戻させてやりたい。だが、あの子は王女で私は王だ。必要以上に、取り立てて甘やかすことはできない。たとえ民が、それを許したとしてもだ」
「陛下……」
「あの子も幼いながら、それを解ってしまっている。あの程度のお転婆など可愛いものだ。あの子のねだるものは他愛ないだろう、木苺だとか、マーサの息子のクロワッサンだとか、本を読み聞かせてほしいだとか……もう少し年頃の少女らしい我儘のひとつでも、聞かせてほしいものだがな」
 ヴェインの高い高いに、心底楽しそうな笑い声が上がる。侍女たちが丹精込めて誂えた専用のドレスは、活発なの行動に耐えうるようできるだけ無駄な装飾を省かれ、けれど可愛らしい意匠に出来上がっていた。聞いた話では、から炎が出てしまっても問題のないように耐火性の高い生地まで探してきたとか。翼や尻尾のために開けられた穴はぴったりな大きさで、侍女たちの苦労が伺える。ひとりひとりの手を握って「ありがとう!」と嬉しそうにくるくるとお礼を言って回るに、侍女たちも笑顔になっていた。マナーや作法を教える教師も、うんうん唸りながら翼や尻尾にも対応した作法を一生懸命考案していて。「私をこんなにも悩ませるのは、昔から様だけですよ……!」と実に楽しそうに笑っていた。典医のエレオノーラは、の主治医になるにあたり龍の研究まで始めたらしい。誰もが、王女の『これから』を考えて行動していた。がまるで自分のことを哀れまないから、周囲はよりが痛ましく思えるのだ。せめてこれからは、王女が健やかな時を歩めるようにと。
「……実のところ、あの子がどう思っているかはわからんのだ。親としては、情けないことにな」
「そのようなことは、」
「いや、気を遣わずともよい。あの子もそれを察しているから、ことさら『らしく』振る舞うのだろう」
「…………」
「あの子に、外の世界を見せてやってくれんか。綺麗なものも、汚いものも。ありふれた、人の世界を」
「……謹んで、承ります」
 姿勢を正したランスロットに、カールは重々しく頷く。無垢で無邪気なその笑顔の下に、隠れた深い傷。信頼する騎士の側で広い世界を見て、少しでもその傷が癒えればと思う。そして願わくば、その傷を「痛い」と周りに言い出せるように。父親としてのカールの願いを、ランスロットは厳粛な思いで聞き届けたのだった。
 
180213
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