「よろしく、おねがいします!」
がばりと頭を下げたに、騎空団の面々は騒然と慌て出す。何せ小さいとはいえ王女である。様々な身分の、それこそ貴族や王族だって乗っている騎空艇とはいえ、初っ端から頭を下げる王族などそうはいない。頭を上げたはきょとんと首を傾げ、先に挨拶を済ませていたランスロットとヴェインは困ったように眉を下げて笑った。
「わたし、なにか変だったかなぁ……?」
「変というか……」
「俺たちより丁寧な挨拶をしたのが、王族的にびっくりさせちゃったって言いますか……」
「?」
ずいぶん庶民的な王族ですね、という揶揄を飛ばしたのは亡国の王族であるセルエルだった。ラカムがそれを窘めるも、セルエルは歯牙にもかけず鼻で笑う。ヴェインがむっとした顔をするが、ランスロットがそれを抑えてにっこりと笑う。
「様はそのままでよろしいのです。王族というものは、高慢なばかりが能ではありませんから」
「? うん、わかった!」
セルエルの揶揄をよく理解していなかったらしいはランスロットの言葉に含まれた意趣返しにも気付いておらず、よくわかっていなさそうにしながらも頷く。あまりに邪気のない笑顔にヴェインもランスロットも怒気が抜け、セルエルも拍子抜けしたようにふいと視線を逸らす。加入早々騒動にならなかったことに安堵したグランとルリアは、ランスロットたちにしたのと同じようにその手を差し出した。
「よろしく、」
「一緒に旅ができるなんて嬉しいです! ちゃんって呼んでもいいですか?」
「うん! ルリア、グランも、よろしくね?」
「そういえば、ジークフリートさんもこの騎空団にいるんですよ! 今は用があるとかで外に出てますけど……皆さんが来ると聞いて、とても嬉しそうでした!」
「ジーク、いるの? らんす、ヴェイン、嬉しいね!」
「はい! ランちゃんも、よかったなあ」
「ああ……ジークフリートさんがいるなんて、心強いな」
「それで、部屋割りなんだけど……」
思わぬ嬉しい知らせに頬を緩める主従に、気まずそうにグランが部屋割りについて話し出す。
「この騎空艇では、基本的に二人部屋なんだ。王族の人はちょっと気になるかもしれないけど……」
「それなら問題ない。俺が様と同室になろう。ジークフリートさんが今一人なら、そこにヴェインを入れてもらえると助かる」
「えっ?」
「た、確かにジークフリートさんは今二人部屋を一人で使ってますけど……」
「お、だったら問題ないな! 贅沢言って悪いんだけど、できればランちゃんと様の部屋、俺たちの隣にしてくれないか?」
「それは、ジークフリートがいいならいいけど……」
「その……殿はそれで構わないのか?」
戸惑うグランたちと、平然と話を進めていくランスロットたち。その温度差を見かねてカタリナが助け舟を出すが、はくりくりとした目でカタリナを見上げて首をかしげた。
「らんすとお泊まり、たのしいよ?」
「毎日お泊まりですよ、様」
「そ、その……最初は私とルリアと、三人部屋という案もあったんだ。着替えなど、困ることも……」
「着替えを含めた様のお世話は俺がするから、大丈夫だ。お気遣い、感謝する」
「そ、そうなのか? いや、しかし、」
「あ、ランちゃんが空いてないときなら俺が代行するから大丈夫だぞ?」
「そういう問題ではなくてだな!?」
「様は翼や尻尾があるから、おひとりで着替えるのは大変なんだ。侍女たちができるだけ着替えやすい旅装を仕立ててくれたが」
「わたし、ひとりでできるよ?」
「そうおっしゃって、翼でブラウスを破きそうになったのをお忘れなく、様」
「むぅ……」
「破れても俺が縫いますから、大丈夫ですよ様」
「大丈夫だって、らんす!」
「ヴェイン、あまり様を甘やかさないでくれ」
「いや、この場合甘やかしているのは貴殿では……? というか殿は実は男だったりするのか……?」
「カタリナ殿は面白い冗談をおっしゃる。様はどこから見ても可憐な姫君だろう」
「あ、ああ……そうだな……可愛い姫だな……。すまないグラン、私は限界だ」
「……うん、ランスロットとは同室で」
グランサイファーの倫理と風紀のために頑張ったカタリナだったが、根本から通じていない天然主従を前に膝をついた。その肩を叩いて労ったグランが、遠い目をして部屋割りを決定する。ジークフリートもを前にするとこんな感じになるのだろうか。もしそうだったらちょっと嫌だなあ。気苦労の多い若き団長は、もうすぐ戻ってくる竜殺しの英雄に思いを馳せるのだった。
「ランスロットと様が同室?」
帰ってきたジークフリートは一通りランスロットたちとの再会を喜ぶと、部屋割りの結果を聞いて眉を寄せた。そうだ何か言ってやってくれ、とカタリナやグランたちが期待を込めた眼差しを向けるが。
「お前は部屋の整頓が苦手だろう、ランスロット。あまり様にご迷惑をおかけしないようにな」
そこか!? と脱力したカタリナたちである。フェードラッヘ出身の者は皆こうなのだろうか、と思うがそんなはずはないだろう。むしろ違っていてほしい。フェードラッヘは天然を生む国なのだろうか。
「大丈夫ですよジークフリートさん! 俺もいますから」
「む……確かにヴェインは家事全般が得意だが。お前が傍にいたから、ランスロットは自分で片付けをする機会がなかったのではないか?」
「じ、ジークフリートさん! 俺は確かに片付けが苦手ですが、いつもヴェインにやってもらっていたわけでは……!」
「今日からわたしがおかたづけするから、だいじょうぶだよ?」
「様まで!」
「ランスロット……」
「そのような目で見ないでくださいジークフリートさん! 第一、様だって部屋は……」
「ん? 様の部屋は綺麗だぞ? けっこうマメに整頓してるみたいだし」
「ものいっぱいだと、燃やしちゃってあぶないの!」
「……様、そのご冗談は胸に刺さるので、ちょっと」
「燃やされるそうだぞ、ランスロット。心して整頓に励め」
とりあえず燃やされるのは困るなあと、グランが再び遠い目をする。それとなく火事には気を付けてね、と伝えるとランスロットが力強く頷いた。
「いざとなれば俺が消火するから、大丈夫だ」
「それ、本当に大丈夫なのか……?」
ラカムの呟きに、フェードラッヘ主従を除く全員が胸中で同意する。ひとまずの『力の制御を教えてほしい』という頼み事には、早急に対応しようと思ったグランであった。
180218