「わあ、らんす! お空がながれてるよ!」
「はい、様。新鮮な光景ですね」
グランサイファーの甲板から身を乗り出して生まれて初めて見る景色にはしゃぐに、ランスロットは同意の言葉を返して微笑む。雲が眼下にあることに興味津々のが落ちないように軽く抑えていたランスロットは、くすくすと風のざわめくような笑い声に振り向いた。
「お姫様は詩人だね。このグランサイファーでは、なかなか貴重な才能だと思うよ」
「ええと、あなたは……」
「僕はノア。船造りの星晶獣さ」
独特の雰囲気を持つ少年が星晶獣と名乗ったことに、ランスロットは驚きに目を丸くする。この騎空艇には『いろんな』者が乗っていると聞いてはいたが、まさか星晶獣まで搭乗しているとは。グランの人脈(人に限ったコネクションではないが、そこは言葉のあやというものである)の底知れなさを感じつつ、ランスロットはノアと軽い自己紹介を交わす。シルフに懐いていたのことだから、ノアとの邂逅も喜ぶのではなかろうか。そう思っての注意を惹こうと振り向いたランスロットは、目の前の光景に目を剥いた。
「うわああああああ!!?」
「おや」
抑えていたはずが、甲板の下を覗き込みすぎて落ちそうになっているがいて。凄まじい叫び声を上げてを引っ張り戻したランスロットは、バクバクと鳴る心臓を必死に宥めた。ものすごい勢いで流れる景色に目を回したらしいは、「きゅう……」と妙な鳴き声を上げてへたりこんでいる。さして表情を変えることもなく近付いてきたノアがぺしぺしと頬を叩くと、の目が何とか焦点を結んだ。
「わぁ、てんしさまがいる……お空からおちたら、てんごく……?」
「大丈夫だよお姫様、君は落ちても死んでもいないし、僕は天使じゃない」
「なんと……きゅうしにいっしょう……らんすありがとう……」
「様、大丈夫ですか!? この指が何本立っているかわかりますか?」
「ゆび、たってないよ……らんす……」
「よし、見えていますね」
「意外と余裕だね、君たち」
起き上がったとそれを支えるランスロットに、ノアはわかりづらくも安堵したように微笑みを見せる。前から思っていたが子どもが甲板に出るのは危ないな、と思いつつノアはゴソゴソと服の中を漁った。
「……はい、騎士さん。これを使いなよ」
「これは……何だろうか」
「ハーネス? とかいうものらしいよ。ラカムがイオやドロッセルたちに着けようとしてた。叩かれてたけど……」
叩かれていたという言葉に不安を感じつつ、ランスロットはノアからハーネスなるものを受け取る。ノアに着け方を教わりつつに腕を上げてもらって輪になっている部分を通すと、ランスロットは手綱のような部分を持たされた。平たく言うと、散歩をする犬と飼い主状態である。自分から提案したものの、幼女を手綱で引く騎士という絵面にノアは温い笑顔になった。
「これは……」
「どうする? 要らないなら要らないで……」
「いや、ありがたく貰うよ。これなら様を見失わずに済む。フェードラッヘでもこれがあればな……」
「……うん、君がいいならいいんだ」
人の価値観は星晶獣と違うのかもしれない。そう思ったノアはそれ以上言及するのをやめた。は少し不満そうだが、現に落ちかけた手前大人しくしている。元気を取り戻したが初めて会う人間(星晶獣だが)に目を輝かせて色々と質問をしてくるのに応えながら、ノアは柔らかな微笑みを浮かべるのだった。
「ランちゃん、それはちょっと……」
「? 何がだ」
「いやその、様とランちゃんが……危ない趣味に見えるっていうか……」
「え?」
甲板に出てきたヴェインは、ハーネスを着けたとそれを引くランスロットを見て珍しく苦い顔をする。今は甲板にいる人間は少ないが、あれでグランサイファー内を歩こうものなら妙な噂が立ちそうだ。けれど肝心のランスロットが、よくわかっていなさそうで。
「これは様の安全のために、ノアがくれたものだが」
「うん、それはわかるんだけどさ……なんて言うか、ちょっと」
「?」
二人とも顔立ちが整っているから、余計にハーネスの異様さが目立ってしまうと言っても、ランスロットにはわからないのだろう。は中身はともかく、子どもとはいえ少なくともハーネスを着用するほどに幼くはない。知らない人が見れば、ランスロットが少女をあれやこれやする趣味を持っているかのように受け取られてしまう可能性もある。しかしそれを伝えようにも、の前では言いづらい。首を傾げるランスロットと、上手い言葉が見つからずに頭を抱えるヴェインを見て、やはりあれは人から見てもちょっとおかしいのかとノアは思い直した。
「様、先ほどグランが呼んで……」
そこへ現れた竜殺しの騎士は、とランスロットを見て暫し固まった。隣でおろおろしているヴェインに視線をやって、何かを察したらしい。視線を戻したジークフリートは、ランスロットを真っ直ぐに見据えて言った。
「ランスロット、不敬だ」
「なっ……しかし、先ほど様は落ちかけて、」
「だからといって、主君を犬のように繋ぐのはどうなんだ。繋ぐなら手を繋ぐように」
「は、はい」
「らんす、これはずしていいの?」
「はい、様……申し訳ございません」
何かがずれている気もするけれど、とりあえず手を繋ぐのは不敬にはあたらないんだね、とノアはランスロットからハーネスを受け取って思う。人の考えることはよくわからない。わからないけど面白いと、妙にとんちんかんな会話を繰り広げる人の子を見てノアは薄く笑うのだった。
180221