「朝だよらんすー!」
「ぐほっ……おはようございます様……」
 朝から元気いっぱいなに飛び乗られ、ランスロットは朝を迎えた。ランスロットの腹の上あたりでにこにこと朝日にも負けない眩しい笑顔を浮かべるをひょいっと持ち上げて、ランスロットは身を起こす。
「次からは、せめて腹から狙いを外してくださいね」
「わかった!」
 人に飛び乗るなということを教えるべきかもしれないが、がこういった遠慮のない振る舞いをする相手は意外に少ない。自分が相手ならいいかと、ランスロットはまた無自覚にを甘やかすのだった。になら、何をされても嬉しいと思っているからかもしれないが。
「まだ、日が昇ったばかりですね」
「はやおき! ……は三ルピの得だってオイゲンいってた!」
「……様、ルピ硬貨の現物をご覧になったことは?」
「けーざいの授業でみたよ?」
「……次の寄港で、一緒に買い物に出ましょう」
「? うん!」
 は、自分で買い物をしたことがない。幼い頃は城から出ることはなかったし、必要なものは周りが世話をしていた。その後は言わずもがな、慟哭の谷から帰ってきたあともほとんど城から出ることはなく、財布も持ったことがない。授業で教わる経済は国を動かす規模の話であり、一個人として生活を考える必要はにはなかった。けれどせっかく国の外に出たのだから、これを機に普通の子どものような生活も知ってもらいたい。まずは財布を贈ることとお小遣いの概念の説明からだな、とランスロットは密かに決意したのだった。

「貴女が? ……そう、なるほどね」
 グランが連れてきた女性は、マギサというらしい。その女性はを見ると、何やら納得したように頷いた。
、今日からマギサが君の先生だよ」
「マギサせんせい? よろしくお願いします!」
 が騎空団に身を寄せるときに依頼した、力の制御を教えてほしいという頼みに応えてグランが連れてきたのがマギサだった。同じ火の属性で、力のある魔女のマギサならのいい指導役になれるだろうとの判断である。しっかりと頭を下げたにマギサは少し意外そうに目を瞬いた。
「王族と聞いていたけれど、礼儀正しいのね。弟子をとったつもりはないけれど……ねぇ、ちょっと『お師匠様』って呼んでみて?」
「おししょーさま?」
「……ん、悪くないわね。私のことはそう呼んで頂戴?」
「はい!」
 何やらのどこか抜けた呼び方が気に入ったらしく、マギサはひとり頷く。ランスロットはそわそわとグランの隣で成り行きを見守っていたが、静かに見ているというとの約束を守って一応は大人しくしていた。
「貴女は……龍と同化した、と言っていたわね。今は繋がりが切れているけれど……龍の性質は深く根付いているわ。血液と同じように、炎が貴女の中を巡っているもの」
「……っ、」
 マギサの言葉に、よりもランスロットが顕著な反応を見せた。唇を噛み締めるランスロットをちら、と一瞥して、マギサはと視線を合わせるようにしゃがみ込む。その瞳をじっと覗き込んでいるマギサが見ているのはの瞳ではなく、更に深いものであるようだった。
「あら、ずいぶんと重い業ね。貴女じゃなくて……元凶が、と言うべきかしら。貴女は憐れまないようだけど……そう、そういう方が苦しいこともあるわね」
「?」
「こっちの話よ、気にしないでいいわ。……ん、だいたい解ったから、とりあえず方針を決めましょうか」
 立ち上がったマギサが、おもむろに杖を取り出す。マギサが何か呟いてそれを振ると、ぼふっと宙に火の玉が浮かび、消えた。
「今のは、簡単な炎の魔法。貴女の炎と同じように見えるかもしれないけれど、原理は異なるわ。私は魔法で炎を生み出していて、貴女は自分に宿る炎を体外に出している。この違いはわかるかしら」
「え、えーと……わたしは、まほーを使わないけど火がだせる?」
「そうよ。貴女は存在として炎を宿す生きものだから……そんなに怖い顔をしないで頂戴、そこの騎士さん」
「あ、ああ……すまない」
 眉間に皺を寄せるランスロットに気付き、マギサは軽く手を振る。「らんす、いないほうがいい?」と的確ながら残酷なの質問にランスロットはこの世の終わりのような顔をしたが、マギサはふっと笑って首を横に振った。
「貴女の一番傍にいて守ってくれるのは、あの騎士さんなんでしょう? なら、彼も知っていた方がいいわ」
「わかった! ……らんす、だいじょうぶ?」
「……はい、申し訳ありません」
「じゃあ、話を戻すわね。わかり易く言うと、私の身を魔力が巡っているように、貴女の身には炎が巡っているの。貴女は魔法の素養があったけれど、それが全部炎の龍の力に上書きされてしまっているわ」
「つまり、様が魔法として使えたかもしれない力を書き換えて、ファフニールの力が存在していると?」
「簡略化して言えば、そんなところ。あまり難しく言っても仕方のないことだから、多少の語弊はあるけれど」
「……じゃあ使いかたは、まほーといっしょ?」
「そう、賢いわね。原理は違うし、炎の龍の力しか使えないけれど、使い方は魔法と変わらないわ。だからグランが私を連れて来たのは、半分正解ね」
「はんぶん?」
「私、教えることに向いてないのよ。天才だから」
 大きい胸を張ってあっさりと言い放ったマギサに、その場の全員は反論よりもまず納得してしまった。確かにそうだと思わせるだけの何かが、マギサにはあった。けれどマギサは、ふふっと笑っての額を指で突く。
「そんなに残念そうな顔をしなくていいわ。私も、いつかは弟子を取るかもしれないもの。貴女は新米魔女見習い、私は新米お師匠様。新米同士、ゆっくりやっていきましょ?」
「……はい! よろしくおねがいします、おししょーさま!」
 嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねると、それを見て目を細めるマギサ。安心したように胸を撫で下ろしたランスロットは、こっそりとグランに言った。
「掴みどころのない方だと思っていたが、マギサ殿はいい人だな」
「……うーん、気まぐれで一途なのは確かだから。を本気で魔女にしたいと思ったら、連れて行っちゃうかもしれないな」
「何……!?」
 何しろグランサイファーへの搭乗のきっかけも、イスタルシアを予知夢で見たことによるルリア誘拐未遂だ。何だか妙にに向ける目は優しいし、もしかしたらマギサはあのくらいの少女に弱いのかもしれない。本気で気に入られなければいいが、と案ずるグランと、おろおろとグランの言葉に慌て始めるランスロット。二人の不安などどこへやら、爽やかな青い空の下で新米師弟の初授業は始まるのだった。
 
180304
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