「てをあげろ! おやすみけいさつだよ!」
 真夜中の闖入者に、徹夜のつもりで執務に励んでいたランスロットは顔を上げてぱちくりと目を瞬いた。寝不足のせいか、もうとっくにベッドに入ったはずの主の姿が見える。けれど珍しく険しい顔のは幻覚などではなく、ぷうっと頬を膨らませてランスロットの元へと走り寄ってきた。
「ねないこだれだ!」
「……様ですね」
「ちがうよ! らんす! らんすがおやすみするの!」
 ぽこぽこと怒りながら服の裾を引っ張るに、ランスロットはふっと口元を緩めて立ち上がる。けれどそれは自分が寝るためではなく。
「こんなに遅くまで起きていてはいけませんよ、様。眠れないのなら、ぽんぽんして差し上げますから」
 ひょいっとを抱き上げて、ベッドに戻して寝かしつけるべく歩き出す。びたんびたんと尻尾で猛抗議するであったが、やんわりとランスロットに抱き込まれて抑えられてしまった。
「ちがうのー! らんすもおやすみするのー!」
「俺は大人だから良いんですよ」
「よくないの! ヴェインはおやすみしてるもん!」
「ヴェインは、半分子どもみたいなものですから」
 の体温がぬくいな、と思いつつランスロットはお転婆な主を部屋まで連れて行き、ベッドの中へと促す。日頃の癖でランスロットにされるがままにベッドに入ってしまったはハッとした様子で起き上がろうとするが、ランスロットが布団越しにぽんぽんと優しく腹を叩き始めると、すぐにうとうとし始めた。実によく躾られた竜である。けれど最後の悪足掻きとばかりに「むー」と呻くと、ランスロットへと手を伸ばしてむにゃむにゃと口を開いた。
「らんしゅもおやすむの……」
様が寝たら、俺も寝ます」
「うそだよ」
「何でそこだけハッキリとした口調なんですか様」
「だってらんす、いっつもひとりだけでがんばるもん……だめだよって、ぱーしばるもいうのに……」
 炎の瞬く瞳が、白い瞼の下に隠れる。それを少し名残惜しく思いながらも、ランスロットはが眠りに落ちることのできるようにと優しく叩く一定のリズムを崩さなかった。は優しい。ここのところ執務に追われるランスロットを、気遣ってくれたのだろう。もう少しだけ書類を片付けたら自分も寝ようと、ランスロットはつきりと痛んだ胸を押さえる。いつも隠すようにして無理をする自分が悪いのはわかっていたが、が即座に嘘と断定するほどその点に関しては信用がないのだとわかってしまって少なからず落ち込んだ。
「…………」
 すぅ、と深い寝息がの口から漏れたのを確かめて、のお腹をぽんぽんと叩いていたテンポを少しずつ遅くしていく。やがてすやすやとが幸せそうな寝顔で夢の世界へと旅立つと、ランスロットは静かに手を止めた。少しだけのお腹の上に手を置いて、ゆっくりと上下するその動きを愛おしむ。あまり長居すればそれだけ離れがたくなってしまうから、とランスロットはから手を離して立ち上がろうとした。
「……うおっ!?」
 がくんと引っ張られて転びそうになり、ランスロットは咄嗟に声を抑える。見れば、いつの間にかの小さな手がしっかりとランスロットの服の裾を掴んでいた。
様……」
 してやられた、と額を抑える。何とか外せないかとやんわりと手を掴むが、さすが半龍と言うべきなのかそれとも幼子特有の加減のなさなのか、がっちりとランスロットの服の裾を握り込んだその拳はおそろしく固く、開かない。かといって寝かしつけたを起こせるわけもなく、ランスロットはその場で数分悪戦苦闘していたがやがて諦めたようにその場に座り込んだ。
「……様には敵いません」
 眉を下げて仕方なさそうに笑うランスロットが、ポツリと呟く。見下ろしたの寝顔は、心做しか満足げに笑っているようにも見えた。ランスロットはきっと、一生には敵わない。この幼く真っ直ぐな優しさを、誰にも手折られることのないようにランスロットは剣を握り続けるのだろう。
「ありがとうございます、様」
 服の裾を握り締める小さな手に、自らの手を重ねる。何よりも愛おしく尊いぬくもりに触れながら、ランスロットは眠る主に柔らかく微笑んだ。起きたときどこか痛いかもしれないが、と思いつつランスロットはのベッドの横に腰を下ろす。柔らかな寝台にもたれて、ランスロットは目を閉じた。ランスロットの安息は、いつだっての隣にある。日常の隙間に埋もれゆく幸福の欠片を大切に胸の内にしまい込んで、睡魔に身を委ねるのだった。
 
180429
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