「なんだこの騒ぎは」
アグロヴァルからへの暑中見舞いを託されたパーシヴァルは、の気の抜けた笑顔を思い浮かべながらフェードラッヘの王都を訪ねたのだが。普段の荘厳な雰囲気は、どこか弾むような空気に塗り替えられていて。何やら大量の器を抱えて運んでいるヴェインを捕まえて何事かと尋ねてみれば、事も無げにヴェインは答えた。
「ああ、今様が、みんなにかき氷を作ってくださってるんだよ」
「かき氷?」
「この間グランたちが様に、『暑いの苦手だって聞いたから』ってかき氷機くれてさ。様すっごく喜んでかき氷食べてたんだけど、だんだん食べるより作るほうが楽しくなってきたみたいで」
「後先も考えずひたすらに削っているんだろう、何故誰も止めない」
「暑いからみんな喜んでるぜ?」
「この国は平和だな……」
「おう、平和で良い国だろ!」
「嫌味も通じんのかこの国は」
「まあまあ、パーさんもかき氷食べてってくれよ」
「俺は甘いものは苦手だ」
「様、パーさんが食べてくれたら喜ぶと思うけど」
「……少しだけだぞ」
パーさんも結局甘いよなあ、そう言わなかったのはヴェインのささやかな親切心であったが。なにぶん隠し事のできない性分であるが故に顔に出てしまい、王城の一角が少し焦げる事態になったのだった。
「騎士団長が何をしているんだ」
「栄誉ある製氷係だが?」
「それでいいのかお前は……」
挨拶よりも先に呆れの言葉が出てしまったが、しれっと涼しい顔で氷を作っては砕いている白竜騎士団団長の姿を目の前にしてはそれも致し方ないと言えよう。次々と氷を補充するランスロットと、楽しそうに尻尾や翼を揺らしながらぐるぐるとかき氷機の取手を回し続ける。まさしく永久機関である。
「あ、パーシヴァル! おひさしぶりだよ? かき氷たべる?」
「疑問形にするなら、せめてシロップの選択権は俺にあってもいいと思うのだがな」
「いちごだよ?」
「そうだな、だが待て、かけ過ぎだ、それでは氷が溶けるだろう」
「パーシヴァル、いちごすきだよ?」
「いいか、ものには限度というものがある。誰もがそこの王女馬鹿のように涼しい顔をしてシロップを飲み干せる甘党ではない」
「『とうにょうびょう』まっしぐらだね!」
「ランスロットがな」
パーシヴァルへの厚意のあまりイチゴシロップで真っ赤な池を作ろうとしていただったが、パーシヴァルの説得を受け納得したように瓶の蓋を閉める。なんとか個体としての形を留めているかき氷を見下ろして、パーシヴァルは胸をなで下ろした。ヴェインからスプーンを受け取ってかき氷を口に含むと、その冷たさと甘さに安堵する。炎帝という二つ名であれど、この炎天下を鎧で闊歩するのに疲労を感じないわけではない。確かにこれは暑い中働く使用人たちに喜ばれるだろうと、パーシヴァルは密かに頬を緩めた。
「そういえばパーシヴァル、ご用事なあに?」
「ああ、兄上からお前に暑中見舞いを預かってな……」
ちらりと荷を見下ろしたパーシヴァルは、『未来の義妹へ』という宛名を見て一瞬渋い顔になる。宛名のことについては何も見なかったことにして、パーシヴァルはそれをに差し出した。『が暑さに参っていると聞いた。本来は使者を立てる方が望ましいのだろうが、それだとあれが気を遣うだろう。婚約者としての務めを果たして来い』と兄から手渡されたその包みは、なかなかに重い。包みを受け取ってよろめいたを見て、アグロヴァルはいったい何をどれだけ詰め込んだのかと不安になった。
「わあ、ありがとうパーシヴァル! アグロヴァルにも、お手紙かかなきゃ!」
「ああ、手紙はいいな。兄上もきっとお喜びになる」
「あの人、様には優しいよな」
「不思議なことにな」
「様、俺が開けましょうか」
かき氷製造の手を止めた主従が、薄青の布に包まれた箱を開ける。一番上に置かれていた書状を手に取ったランスロットが、それを読み上げる。形式的な挨拶を読み飛ばして、ランスロットは流麗な筆致に目を通した。
「……暑い中、食欲が落ちていても喉を通りやすいものをと思い、東方から『ソーメン』なるものを求めた。湯に通せば食せるシンプルな食材だが、複数の薬味や『メンツユ』と組み合わせられる奥の深い料理だそうだ。健やかに夏を過ごせるようこれを贈る……」
「…………」
「そうめん? たべもの?」
「スパゲッティみたいな、麺類っぽいですね」
和気藹々と箱を覗き込んでいるのはとヴェインばかりで、手紙を畳んだランスロットも、こめかみを押さえて手紙の内容を聞いていたパーシヴァルも、気まずげに顔を見合わせる。何故だか妙にに甘い氷皇の贈ってよこした、ゆうに一夏分はあると思われる素麺。いくら薬味を変えられるといっても途中でが飽きるとは思わなかったのだろうか。おまけに肝心の薬味やめんつゆは箱の中には入っていない。やはり氷であるからには、夏の暑さにアグロヴァルこそが参っているのかもしれなかった。
「失礼します!」
返礼の品は何にすべきだろうかと顎に手を当て考えるランスロットの元に、かき氷を配っている隊ではない騎士団員がやって来る。その団員は抱えていた大きな箱を置くと、それがアルスター島のセルエルとヘルエスからの暑中見舞いであると報告する。何故こうもあちこちから暑中見舞いが届くのかと首を傾げたパーシヴァルも好奇心から箱を覗き込むが、そこにはついさっき見た白い乾麺が入っていて。
「セルエルもそうめんだよ!」
「こちらは親切に薬味やめんつゆも入っているのだな」
増えた素麺に顔を輝かせて飛び跳ねると、見慣れぬ香草を物珍しそうに見るパーシヴァル。さすがに扱いに困った顔をするヴェインの横で、ランスロットが姉弟連名の手紙を読み上げる。一枚目はセルエルからのようで、彼らしい棘のある慇懃な言葉が並んでいた。
「……『溶けた餅のごとき有様だと聞きましたが、上に立つ者がそのようなことでは周りに示しがつきませんよ。暑くとも食べられる限りはしっかり食べて、元気な姿を皆に見せられるよう努力しなさい』……五枚ほどびっしり続いていますので、続きは後でお読みいたしますね」
「セルエル、やさしいねー」
「俺は時々お前が呑気なのか大物なのかわからなくなるのだが」
心配しているのか叱咤しているのかわからない文面に、ばかりがにこにこと頬を緩める。この裏表のない、無邪気の塊のような笑顔に、きっと誰もが気を許してしまうのだろう。世話を焼かずにはいられない、心配せずにはいられない、放っておいてはいられない。周囲にそう思わせるのそれは、ある意味王者としての才覚であるのだろう。誰をも認め受け入れる度量の大きさは、得がたい資質だとパーシヴァルに思わせた。
「様、こちらにいらっしゃると伺ったのですが……」
そこへ何やら担いでやって来たのは、今はグランサイファーに身を寄せているはずのジークフリートで。セルエルたちがに素麺を贈ったことを聞いたジークフリートが担いで持ってきたのは、何本もの立派な竹だった。
「竹? 竹もゆでるの?」
「いえ、様。流しそうめんといって、東国では割った竹に素麺と水を流し、箸で掬いながら食す文化があるそうなのです。見た目にも涼しげかと思いまして」
「流しそうめん……!」
「おい、ジークフリート、……」
目をきらきらと輝かせるを見て嫌な予感のしたパーシヴァルは、が妙なことを思いつく前に止めるべきかと思い声をかけるが一歩遅く。
「らんす、ヴェイン、流しそうめんやりたい! じょうかのみんなも、グランたちも呼ぶの!」
「確かにそれなら、この大量の素麺を消費しきれそうですね」
「お城から街まで、そうめんながせたらいいなあ」
「ならばもっと竹を持って参ります、様」
「ジークフリートさん、俺も手伝います」
「何故貴様らはを甘やかす方向に走るんだ」
「あ、パーさんは準備ができるまで様のこと見ててくれよ!」
「当然のように子守を押し付けるな!」
「様、パーシヴァルと遊んであげてくださいね」
「まかされたよ!」
「貴様ら、認識が逆だ」
呆れながらもパーシヴァルは、準備に向かうランスロットたちに手を振るをひょいっと抱き上げる。手紙を書きに行くぞと言えば、はにっこりと笑って当然のように頷いた。
「アグロヴァルも、流しそうめんによぼうね!」
「ああ、そうだな。兄上もきっとお喜びになる」
自分はきっとのこういうところが好ましいと思うのだ。アグロヴァルはきっとあの氷のように硬い表情を僅かに緩めてやって来るだろう。侵略や謀略のためではなく、ただ弟やその友人たちと夏の風情を楽しむために。そんな夏があってもいいだろうと、パーシヴァルはまた兄に甘いと言われそうなことを考える。誰も彼もが、みんな仲良しでいられるわけではないことは知っている。それでも、兄や友人と食卓を囲みたいと願うくらいは許されるだろう。どうせこの能天気姫は、アグロヴァルに断られたときのことなど微塵も考えていないのだろうから。
「しかしお前は……いろんな人間に好かれているのだな」
「? わたしもパーシヴァルのこと、すきだよ!」
「誰も俺のことだとは言っていないのだが……まあ、そういうところなのだろうな」
無邪気に疑いなく好意をぶつけてくるこの笑顔を前に、誰が「お前のことが嫌いだ」などと言えようか。戦わずして勝利を得ることを最善とするならば、争う気概すら無くさせるは恐ろしいとさえ思えた。向かい合う者をして「この笑顔のために何かしてやりたい」と思わせる、無垢の王。目指すものは似通っていようとも、パーシヴァルとはまるで違う道を歩むのだろう。
「白竜騎士団の団長にかき氷用の氷を作らせるなど、お前くらいのものだぞ」
「らんすのかき氷、おいしかったよ?」
「ランスロットにその言葉を伝えたら、感極まって泣くのではないか?」
「ないてたよ!」
「もう泣いた後だったか……」
好敵手の将来に一抹の不安を覚えつつ、他愛ない会話を交わしながらの部屋を目指す。こんな日々がずっと続けばいいとは、思わない。とパーシヴァルは違う道を歩いて、それぞれに理想の国を目指し続ける。それでもきっと、パーシヴァルは生涯忘れないのだ。穏やかで愛おしい時間はずっと、パーシヴァルの胸の中に残り続ける。こうした日々がいずれは、自らを支える柱となるのだろう。それはきっと尊いことだと、パーシヴァルは思うのだった。
180902