「……つまり、君はあの『災厄』を起こした張本人だと」
 重々しく、ランスロットはサンダルフォンの話を纏める。傍に控えるヴェインも、難しい顔をしていた。天司サンダルフォンという名前に、かつてグランから聞いた『災厄』の顛末を思い出したランスロットは彼を自分の執務室まで連れてきた。本当はに聞かせたくはない話だったが、サンダルフォンがから離れるのを拒んだ上、がそれを認めてしまったのだから仕方がない。あるいは、この星晶獣の危険性を知ればの同情も消えはしないかという期待もあった。がそんなことを気にしないと、そうであるからこそなのだと、解ってはいたが。
「……『災厄』っていうと、島が全部落ちそうになった、あの事件だよな?」
「グランから、君は天司長ルシフェルのコアに還ったと聞いていたが」
「還ったさ。還って、また産み出された。彼の言うところの『揺りかごからの再出発』というやつだ」
「天司長は、君を許したと?」
「どうだろうな。憎悪を奪われ、今の俺にあるのは……いや、何でもない。ルシフェルは『君がもう一度生きる意味を見つけるための旅』だと言っていたが……つまるところ、贖罪だろう」
「…………」
「さんだるほん、わるいこ?」
「……ははっ、そうだな、悪い子だ。この空で最も、悪しきもののうちのひとつだろうな」
 の無垢が故に残酷な問いに、サンダルフォンは乾いた笑いを浮かべる。けれどは、綿飴のようにふわふわと笑って言った。
「じゃあさんだるほん、今日からいいこね!」
「……君は本当に……」
「?」
「この少女は、けっこう馬鹿なんだろう」
「えー」
「不敬で投獄してやってもいいんだぞ」
 何か言いかけた言葉を呑み込み、ランスロットたちの方を向いてしれっとを馬鹿と言ったサンダルフォン。瞳孔の開ききったランスロットの鋭い声が飛んだが、サンダルフォンは飄々としたものだった。
「ああ、決めた。やはり俺は、の傍にいるべきだ」
「何……!? 世界を滅ぼしかけた星晶獣が、様に何をするつもりだ」
「何も? ただ傍にいたいという想いは、人間にこそ理解できる感情だろう」
「その感情を、君が様に対して抱く理由がわからない」
「それを君たちに語る義理はない」
「義理はなくとも、義務がある。俺たちは様を守る騎士だ。理由もわからないままに、君を様の傍に置くわけにはいかない。たとえ、様がそれを望んだとしてもだ」
 不穏な色を孕んだ赤い瞳を真正面から見据え、ランスロットはきっぱりと言い切る。それはの騎士として、譲れない一線だ。サンダルフォンは少し愉快そうに片眉を吊り上げて、思案するように口を開いた。
「そうか、君は……だが、俺も君等に語ることはない。それは変わらないことだ」
「…………」
 サンダルフォンの答えに、ヴェインとランスロットが纏う雰囲気を鋭いものへと変える。けれどサンダルフォンは、それを気にすることもなく言葉を続けた。
「俺が『そうしたければ』、が俺をここへ連れてくるよりも前に連れ去ることもできた。今も、君らを倒すどころか、この国に壊滅的な被害を与えた上でを拐かすこともできる」
「さんだるほん……?」
「……できると思うか?」
「単純な事実だ。だが俺は、そうしていない。そうする理由がないからではなく、そうしたくない理由があるからだ」
「その理由は?」
「簡単なことだ、彼女に嫌われたくない。いや、彼女は嫌ってすらくれなさそうだ。咎も罰もなく許されることほど、堪えることはない」
 不安そうに見上げるに微笑んだサンダルフォン。その言葉に虚をつかれたランスロットは、思わず押し黙る。許されるからこそ辛いのだという感覚は、ランスロットにも覚えがあった。
「少なくとも俺は、俺に想像の及ぶ限りの悲しむことはしない」
「……その言葉を、信用できるとでも?」
「なら、俺の羽をに預けよう。物理的にも君らより弱くなる、信用に値する対価だと思うが」
「はね?」
「天司が羽を……何故そこまでして、様の傍にいたがる?」
「さっきも言ったが、それを君らに話すつもりはない」
「堂々巡りだな……だが、君が羽すら差し出すと言うのなら、もう俺の判断する域ではなくなった」
 理由は話さないがただの傍にいたいのだと、普段のランスロットであれば跳ね除けるようなことをサンダルフォンは言う。おまけにこの男は、降参したと見せかけてグランを崖から落としたのだ。羽をに預けたところで、口先でも実力行使でも簡単に取り戻してしまえるだろう。それでも、国を壊せると豪語するその口で自らの力を対価に差し出すと言うサンダルフォンの目には、ある種の覚悟すら読み取れてしまったから。
「……国王様に、君の処遇に関する判断を仰ぐ」
 懐の深い王は、このどことなく所在なさげな星晶獣を放り出しはしまい。そう判っていて王に判断を委ねたのは、実質認めたも同じことだ。いいのかと言うようにヴェインがランスロットを窺ったが、ランスロットは黙って頷いた。
「だるふぉん、よかったね!」
「……それは愛称なのか?」
「さんだる、だめって言うから」
 楽しそうにサンダルフォンの手を取って笑うを見て、早まったかとランスロットは後悔しそうになる。自分はどうにもサンダルフォンとは相容れなさそうだと思うランスロットの予感は、それなりに当たっているのだった。
 
180227
ダルフォンは涙兎さんの案です。
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