それは人間でいうところの「運命の出会い」だと、サンダルフォンは思っている。そんな陳腐で薄っぺらい言葉では表しきれないが、他に当てはまる言葉もない。ただ、彼女が「そう」であると、胸が熱く訴える。
 ――人は誰も、役割を持って生まれはしない。
 穏やかな夢の中、時折ルシフェルがサンダルフォンに語りかけた言葉。それを不意に、思い出した。
 ――それでも彼らは、生きていくのだ。自ら歩むべき道を、その手で掴み取って。
 いろんなものを見てくるといいと、ルシフェルは言った。役割を課されることなく生まれ、生きていく弱くて強いもの。サンダルフォンが人の世界に再び降りて最初に見たものは、紛い物の竜の子だった。ふたつの命を無理やり繋ぎ合わせたような、歪な生命。思い出したのは、飽くなき研究の果てに自ら生み出した天司長によって幕を落とされた男。二千年の時が経とうとも、人は変わらず命を弄んでいる。けれど人の業を知るはずの少女は、躊躇いなく彼に手を伸ばした。
 『たすけて、おねがい、』
 倒れるサンダルフォンを起こそうとしていた小さな手は、魔物の襲来に助けを求めるものへと変わった。サンダルフォンしかいないのだと、サンダルフォンでなければいけないのだと、強く縋ったその手。まだ意識は夢と現の間をさ迷っていたサンダルフォンを目覚めさせたのは、稚い少女の泣き声だった。他に縋るものがいなかったからだとしても、たまたまそこにいたのがサンダルフォンだったからだとしても。確かに彼女は、サンダルフォンを求めたのだ。
 『君は、俺を必要としてくれるのか?』
 思わずサンダルフォンは問いかけていた。たとえその場限りの嘘でもいい、助かったあとは忘れてしまってもいい、だからどうか、応えてくれと。今のサンダルフォンに残された渇望は、それしかなかった。そして、少女は。
 『うん!』
 躊躇いもなく、迷いもなく。眩しいほどの笑顔で、サンダルフォンの願いを肯定したのだった。

「……あまりに小さな手だ」
「?」
 優しい少女の手をとって、壊さないように細心の注意を払ってそっと握り締める。グランの手を握ったときも思ったが、人の子はあまりに脆い。脆いくせに、その心は時折目を背けたくなるほどの輝きを放つ。サンダルフォンが魔物を倒したあと、躊躇いなくこの手を引いた。ありがとうと言って、一緒に行くのが当たり前のようにサンダルフォンの手をとった。あどけないが故の、驕傲。けれどその人間らしい躊躇いのない手は、サンダルフォンの心を捉えた。ずっと求めていたものは、ただ一人からの関心。求め続けていたものとはまるで違うのに、優しく傲慢なその手が離しがたいと思ってしまった。
「子どもは苦手だ。まるで自分が世界を動かせるような、根拠もない全能感を有している。そのくせ弱く、すぐに泣く」
 滔々と語るサンダルフォンの言葉を理解しているのかいないのか、はいつもの気の抜けた炭酸のような笑みを浮かべてその言葉を聞いていた。
「特異点……グランたちもそうだった。無謀で、自分たちは何だってできると信じている。自分が弱いとわかっていながら、仲間がいるからとできないはずのこともしてみせる。俺はそれが不可解だった」
「グランもルリアも、すごいよ?」
「ああ、すごいんだろうな。、君もまた彼らとは違う意味で実に子どもらしい。庇護されているが故の傲慢で、俺に手を差し伸べた。だが俺は……俺にとっては、それこそがきっと必要なものだったんだ」
「?」
「わからなくていい。君はそれでいい。その驕傲も白痴も、自覚がないからこそ愛すべきものだ。俺はその幼気な愚かさを守ろう。守ってくれる人間がたくさんいるのにも関わらず俺に手を伸ばした、その強欲を守ろう」
「……うーん? おともだち、何人いてもいいってジークいってたよ?」
「……友だちか。俺がそう呼ぶのは君ではないはずなんだが」
「だって、らんすとヴェインは騎士で、ジークも騎士で、パーシヴァルも、騎士団じゃないけど騎士で」
「確かに、彼らは友人と呼ぶべき関係ではないな」
「おししょーさまはおししょーさまで、お父さまもお父さまだし、グランはだんちょーで……ルリアは、ともだち……?」
 指を折りながら数えるが、だんだん俯いていく。枯れたひまわりのようにしおれた笑顔を少し惜しく思いながら、脱線しつつもが語ることの意を汲み取ってサンダルフォンは腕を組んだ。
「君は、友だちだと自信をもって言える相手がいないのか」
「うん……わたし、友だちすくない……」
「……それで、俺に友人になれと?」
「だめ?」
「……俺にとって友も主も、ただ一つだけの特別な意味を持つ。だから君に、その意味を渡すつもりはない」
「あぅ……」
「だが、無理に互いの関係に名前をつける必要はないだろう。君は俺を必要とした。俺はそれに応えて、ここにいる。君の傍にいたいという、願いが生まれた」
 実のところ、ランスロットたちに『話さない』のではなく『話せない』のだ。サンダルフォン自身にも、理由は掴みきれていない。それでも傍にいたい想いは本当で、だからサンダルフォンは隠すように見せて本当のことを語った。この言葉にできない感覚は確かにの存在のために生まれていて、サンダルフォンの心を惹き付ける。忌まわしい生みの親の業を思い起こさせる半竜の子が、何故嫌悪や憎悪ではなく安らぎと渇望をサンダルフォンに与えるのか。それがわからないから、傍にいたいのだ。だからまだ、名前はいらない。名付けるのは、それがわかったときでいい。
「なぜ、君は俺を必要とするんだ」
「……なんとなく?」
 首を傾げたの答えは曖昧で、しかしそれが真実なのだろう。理由などわからない、それはもそうなのだ。サンダルフォンは呆れも失望も感じなかった。互いの理由がわかったときにこそ、その理由こそが『役割』になるのだろう。
「……様、失礼致します。サンダルフォン、国王様が君を呼んでいる。謁見の間まで案内しよう」
 ノックの音と、の応え。部屋に入ってきたランスロットの言葉に頷いて、サンダルフォンはの手を引いた。
「わかった。、行こう」
「うん!」
「おそれながら、様はヴェインと待機です」
「え? そうなの?」
「…………」
「サンダルフォン、その繋いだ手を離してくれ。君がこの国に滞在するにあたって、必要なことだ」
「……断る。がいて悪い理由もない」
「それは君の決めることではない。離してくれ」
 笑顔に青筋を浮かべたランスロットが、二人に歩み寄ってきての手からサンダルフォンの手を離そうとする。けれどサンダルフォンの手は、鋼鉄のようにビクとも動かなかった。
「……離せ」
「断る」
「は、な、れ、ろ……!」
「断ると……言っている……!」
 もはや離すというよりも剥がすと言った方が正確である。けれどサンダルフォンも、手に力を込めてランスロットに対抗する。当のはと言えば行っても行かなくても構わないなどと思っているので、手が痛いなあとぼんやりしながら二人の攻防を眺めているのであった。
 
180302
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