が初めて歩いた日のことを、ジークフリートは今でもよく覚えている。はいはいで動き回るを世話していた乳母に、「このところ、手を差し出すとぎゅっと掴んでくださるのですよ。お可愛らしい限りです」と言われて。勧められるままに、恐る恐る小さなの前にジークフリートは両手を差し出した。ぽけっと大きな瞳でジークフリートの手を見ていたは、おもむろにその手を掴んで。おそらく全力で掴んでいるのだろうその力は何ら手加減というものを知らなかったが、怖くなるほど弱々しくて。おろおろと戸惑うジークフリートのその手に掴まったまま、は両膝を伸ばして立ち上がったのだった。驚いたジークフリートが思わず後ずさってしまうと、よちよちとつかまり歩きをしては追いかけてくる。すぐにぺちゃりと座り込んでしまったが、乳母は初めてが立って歩いたことに感極まってすぐさま王に報告しに行った。部屋にとふたり残されてしまったジークフリートは、活発に動き回るが怪我をしないように見守るのに必死で、けれど少しでも強く掴んだら壊れてしまいそうなほどの柔らかさが怖くて。ふにゃふにゃとしているのに恐れを知らずジークフリートに触れてくるに髪やら服やらを引っ張られ、王が来たときにはジークフリートはそれは笑える有様になっていたという。
「じーく」
 初めてがジークフリートの名前を呼んだのは、それからしばらく経ってのことだった。あぅ、という声しか出せなかったがジークフリートの名前を呼んだのは、果たして何番目だっただろうか。けれど何番目でも、その声はとても尊かった。たどたどしいその声と、にぱっと笑った幼い尊さを、守るのだと心に誓い直した。

「そういうわけで様は、幼いみぎりも愛らしかったぞ」
「そういえばジークフリートは、が生まれたときから見ているのだったな」
「ああ。赤子の頃の様には、よく髪を引っ張られたものだ」
「そんな頃から既にお転婆か。お前がむしろ世話役のようだな」
「いや、様の成長は俺の楽しみだったからな……様が何をしても、不思議と愛らしく映ったものだ」
「……お前が家庭を持ったら、親馬鹿になりそうだ」
 
180320
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