「どうかしましたか? ジークフリートさん」
「……いや、本当に綺麗だと思ってな」
「ここのお花、今が見頃ですものね」
「花ではなく、お前のことなのだがな」
「……えっ」
 頬を赤らめて目を丸くするに、ジークフリートは少し困ったような頬笑みを浮かべる。自分のために精一杯着飾ってくれた恋人を、どうして綺麗だと思わずにいられようか。ふわりと広がる軽い素材のスカートも、ぴたりと体の線に沿うデザインのブラウスも、すらりとした印象のによく映えている。ただ魅せるためだけの装いは、ジークフリート同様も不得手とするところであるのに、こうしてジークフリートの隣にいるときのことを考えて服装を選んでくれたのが愛おしくて。
「ランスロットたちが言うほど、俺は朴念仁ではないぞ」
「あ……そうですね、ごめんなさい。少し意外で、驚いてしまって」
 照れながらも嬉しそうにはにかむの手を取って、そっと距離を詰めて隣を歩く。少し冷たさすら感じさせる容貌に反して純情なは近い距離に耳を赤く染めたが、きゅっと握られた手に力を込めてジークフリートに応える。初めて会った時には弟によく似ていると思ったのに、今は到底重ねて見ることなどできない。それはが変わったわけではなく、ジークフリートのに対する心情の変化によるものだろう。信頼し期待を寄せる部下の姉、それだけだったはずの女性はいつしか得がたい友人になり、穏やかな日々を経てかけがえのない恋人へと。その存在は日を追う事にジークフリートの中で大きくなっていき、今ではのいない世界を想像することすら能わない。我ながら浮かれているとは思うが、それでもこの暖かさを幸福と呼ぶことは知っていた。
「ランスロットにもパーシヴァルにも、よく言われるんだが」
「?」
「騎士の務め以外に何ら興味を持たなかった俺が、女性と満足に交際できるのかと」
「あら、私もランスロットに言われました。『姉さんは植物が恋人なのかと思ってた』って」
「交際を打ち明けたときもそんなことを言っていたな……『姉が経験の無さのあまり恥ずかしいことをしでかすかもしれませんが、笑ってやってください』と」
「ランス……」
「なに、俺も似たようなものだ。パーシヴァルがお前に言っていただろう?」
「『団長に愛想が尽きたらウェールズに来るといい、優秀な学者は家臣として歓迎しよう』……斬新な責任の取り方だなと思ったんです」
 周囲の人間にどれだけ恋愛に縁遠い人間だと思われていたのかと、もジークフリートも苦笑を浮かべて公園を歩いて行く。尊大ながらも優しさと妙な責任感に溢れた言葉を思い出して、はくすくすと笑った。
「…………、」
 木陰に入ったところで、ジークフリートはふと足を止める。つられて立ち止まり不思議そうにジークフリートを見上げるをぐいっと抱き寄せ、後頭部を押さえて口付ける。それは時間にすれば一瞬のことで、あまりに唐突な出来事には目を瞑ることすらできなかった。じわじわと赤くなっていく首筋につつっと指先を這わせ、ジークフリートは艶やかにも思える微笑みを浮かべる。
「パーシヴァルに責任を取らせずとも、『それ』は俺が負う気だが?」
「……ッ!」
 首筋からぞわりと粟立つ肌が、ジークフリートの表情が、に夜の睦み合いを思い起こさせる。瞬時に真っ赤に染まったに、ジークフリートは満足げに目元を細めた。ジークフリートの大きな手も、どことなく超常的な雰囲気を纏う瞳も、穏やかで低い声も常にに安心を与えるものであるけれど。その手が肌に触れ、瞳や声に熱情が宿ったときのことを思い出させられてはいたたまれなくなる。知識としてしか知らなかった熱をに与えたのは、目の前にいる恋人だ。大事に大事に、壊れ物を扱うかのように、それでいて拒むことすら考えつかない強引さでの初めてを奪ったのは、ジークフリートだ。何もかもが初めてで戸惑うばかりのに、肌を重ねる温もりを教えたひと。全く異性に縁のなかったとは違い、年上なこともあってかジークフリートは女性の体の扱い方をよく心得ていて。弟や赤い青年の言うような朴念仁でないことなど、とっくに身をもって知っている。真っ赤になって俯いたに笑うような吐息を漏らし、ジークフリートはの腰を抱いて再び歩き出した。
「ジークフリートさんは……ずるいです」
よりは年上だからな、狡くもなる」
 たった三つの歳の差なのに、まるで敵う気がしない。伊達に騎士団長として、黒竜の騎士たちを率いているわけではないのだ。日々物言わぬ草木や大地を相手にしているとは、まるで違う。大きな腕が腰をしっかりと抱え込めば、逃げ出すこともできない。元より逃げる気もないが、否、少しだけ逃げ出したいような気恥しさもあったけれど。
「花を見なくていいのか、?」
「……う、」
 少しだけ意地悪に笑うジークフリートに、は俯いていた顔を上げざるを得ない。良いように遊ばれているような気がしなくもないが、不思議と悪い気もしなかった。ジークフリートはよりずっと大人なのだ。を甘やかし、時にはからかってみたりもするジークフリートは、を自分より弱く小さなものとして認識している。そしてその認識は間違っておらず、自分より大きなものに甘え身を委ねることの安らかさを、はジークフリートと恋人になって初めて知った。ジークフリートの腕の中は、安心する。庇護される幸せは、愛玩される滑稽さかもしれないけれど。それでもは、ジークフリートと過ごす穏やかな安寧を確かに愛しているのだった。

 大人びた容貌と清冽な雰囲気を持つ恋人は、その実ひどく純情で可愛らしい。すらりとした立ち姿のがジークフリートの一挙一動におろおろと赤面する姿は愛らしくもあり、それが弟のランスロットにすら見せない自分だけの特権だと思えばなおのこと人間らしい征服欲が胸を満たした。
「あ、ジークフリート、さん、」
 決して小柄ではないの体は、けれど男であるジークフリートとは比べ物にならないほど華奢だ。野山を歩き回る脚にはしなやかな筋肉がついているが、戦うことはなく鍛錬を積む必要も無いすらりとした細さはどこか仔鹿を思い起こさせる。肉の薄い体は扱い方を間違えればぽきりと折れてしまいそうで、今している行為のこともあってまるで捕食者にでもなったような気分だった。
「ジーク、フリート……さん、」
 弱々しく伸ばされた手を、しっかりと握り返す。安心したように笑うは泣いているようにも見えたが、その頼りない体を突き上げる動きを止めることもできない。慎ましやかな乳房に手を重ねると、どくどくと壊れそうなほど激しく脈打つ鼓動が掌に感ぜられた。
「綺麗だ、
「……っ、」
 耳元で囁けば、の腰がぶるりと震える。の中に沈めていたものがぎゅうっと締め付けられて、背筋に熱い感覚が走った。
「ジークフリートさん、ッ……ぎゅって、して、ください、」
「ああ」
 可愛らしいお願いに、ジークフリートはの背中に腕を回して強く抱き締める。息苦しいほどの強さに安心したように、ほっと息を吐いたはジークフリートの胸に頬を擦り寄せた。いじらしいの様子に抑えが効かなくなって、密着したまま激しく腰を打ち付ける。卑猥な水音に恥じ入るようにはぎゅっと目を瞑ったが、羞恥だけではない頬の赤色にジークフリートは優しく口付ける。肌を重ねるごとにジークフリートを覚えていった体は、今ではしっかりと性感を感じられるようになっている。ちゅぷちゅぷと探るように膣壁を先端で撫で擦れば、鼻に抜けるような声が漏れてジークフリートの欲を煽る。やわやわと首筋に軽く歯を立てるジークフリートに、は背を震わせた。そんな、捕食のような刺激にさえ腹の奥が甘く疼く。すっかり淫らになってしまったようで恥ずかしかったけれど、それでも、ジークフリートが求めるのならそれで良いと。激しい律動と溶けるような熱に浮かされるのが少しだけ怖くて、逞しい胸に頬を寄せればそれに応えるようにジークフリートが強く強くを抱き締めて腕の中に閉じ込める。抱え込まれて胸に顔を押し付けられると余計に息苦しくて暑かったが、温もりが溶け合う距離には安堵を覚える。ひとつになる、とも形容される行為だが、今ならそれがよく解る気がする。互いの温度を求め合って、苦しいくらいに肌を重ねて。得られるのは快楽だけではなく、愛しい人と深く深く繋がる充足感。ジークフリートの与えてくれる温もりに、はどれだけの愛おしさで報いることができているのだろうか。そんな不安さえ溶かすように、ジークフリートはを求めてくれるから、だからきっとは幸せだ。幸せだと、そう強く思うのだ。
、綺麗だ……本当に」
 何度も繰り返しの名を呼びながら、ジークフリートが奥を穿つ。危うい呼吸で縋ることしかできないをしっかりと抱え込んで、ジークフリートは一番奥に熱を放つ。はぁ、と熱の籠った吐息を情事の果てに聞くのが、は好きだった。ジークフリートの体力についていけず朦朧とする意識を何とかつなぎ止めて、きゅっとジークフリートの腕を掴む。を見下ろしてふっと笑うジークフリートのその表情は、他の誰も目にしたことがないような甘やかな色を浮かべていて。
「……だいすき、です、ジークフリートさん……」
「俺は、愛しているが」
 なんてことのないように言ってのけるジークフリートに、既に真っ赤なの頬がさらに熱を持つ。だってジークフリートのことを愛していると必死に言葉を紡げば、さらりと「知っている」と答えたジークフリートはの額にキスを落とした。戯れている間にもジークフリートは何度か腰を押し込むように動いて、一滴も漏らすまいとするかのように精液を奥に押し付ける。情交は子を成すための行為だと知らないほど子どもではなかったが、それでも明確に孕ませようとしているかのようなジークフリートの行動には時々怖さにも似た何かを感じることがあった。ジークフリートは時折、獣を思わせるような本能的な行動をとる。無論ジークフリートが無責任に恋人を妊娠させるような人間ではないことは知っていたが、明確な言葉としてとの将来の展望を聞いたことはない。けれどそれはジークフリートがその先を考えていないからではなく、むしろ当然のようにが隣にいることをジークフリートの中で決めているからのようだった。に問うたことは無いけれど、既にジークフリートはを隣にいるべき伴侶として定めているようで。どこか完結した優しさと穏やかさと激しさは、獣の番を思い起こさせる。ジークフリートはきっと、人の順序というものに疎いのだ。朴念仁ではないが、その逆でもない。交際だとか結婚だとか、そういった段階の概念に乏しいジークフリートはを既に唯一と定めている。恋人でも妻でも、ジークフリートにとってさしたる違いはないのだろう。誠実で一途だが深く重い、手加減や自重を知らない愛情。まだ少女のような恋愛観から抜け切らないからしてみればそれは恐ろしくもあったが、同時にその深さに安堵するのも事実だった。自然に近いところで生きているけれど人としての感覚が強いと、人の社会の中心に近い場所で生きているのに気高い野生動物にも似た性情を感じさせるジークフリート。対照的だからこそ惹かれたのか、似ているところがあったから一緒にいられているのか、にはわからないけれど。
「あ……」
 さす、とジークフリートの大きな手がの腹を撫でる。満たされたような穏やかなジークフリートの表情が、の胸を満たして。このまま本当に一対になれたらいいのにと、そう思いながらはゆっくりと重い瞼を閉じたのだった。
 
180927
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