「あれ、冨岡先生だ」
「うー?」
 壊れてしまった禰豆子の箸を買いに雑貨屋に足を踏み入れた炭治郎は、意外な人物の姿に目を瞬いた。炭治郎も人のことは言えないが、ファンシーな雑貨を真剣な面持ちで吟味するジャージ姿の成人男性という絵面はなかなかに厳しいものがある。炭治郎たちと個人的な付き合いもある義勇の横には、いつも連れ立っている少女の姿はない。そういえば定期的に通院していると言っていたな、と炭治郎はひとり納得していた。おそらくの健診が終わるのを待っているのだろうが、それにしても暇つぶしに雑貨屋に入るような人間ではない。純粋な好奇心と持ち前の礼儀正しさから、炭治郎は義勇に声をかけた。
「冨岡先生、こんにちは!」
「……竈門か、丁度いい」
「雑貨屋でお会いするのは珍しいですね!」
「お前に訊きたいことがある」
「はい、何でしょう?」
 最早会話のデッドボールであるが、そんなことを気にする炭治郎ではない。姿勢を正して義勇の言葉を待つ炭治郎と、炭治郎と手を繋いできょろきょろと店内を見回している禰豆子。対照的な兄妹を見下ろして、義勇は口を開いた。
「お前の妹くらいの女子に相応な弁当箱がわからない」
「……ああ! さんのお弁当箱を選んでいるんですね!」
 確かにの弁当箱は女子にしては地味だ。地味というか、渋いというか。おそらく義勇の予備をそのまま使っているのだろうということが丸わかりというか。二人ともそういったものに頓着しない性質であるから気にしないでいたのだろうに、どういう風の吹き回しだろうか。ちなみに炭治郎はそう思ったことを全て口に出してしまっているため、みるみるうちに義勇の表情は硬くなっていく。
「鱗滝さんに、もう少しの身の回りのものに気を配ってやれと言われた」
「ああ……」
 炭治郎たちも世話になっている校務員の鱗滝は、多くの子供たちの面倒を長年見てきた。その子供たちのひとりである義勇が女の子を引き取ったと聞いて、何くれと気にかけているのが鱗滝である。確かに年頃の女の子に対する気遣いは、義勇よりも鱗滝の方が圧倒的に長けているだろう。も義勇の影響か若干脳筋に育ってしまっているが、真菰たちと話している姿は普通の少女だ。今の弁当箱に不満はなくとも、可愛い弁当箱を友達と一緒に広げるご飯時はそれはそれで楽しい時間に違いない。
「お前は妹がいるから、そういったことは俺より詳しいだろう」
「うーん……俺は禰豆子に直接選んでもらってますから、先生とそんなに変わりないかと思いますが……」
「…………」
さん、今のままで良いですって言いそうですもんね……」
 心做しかがっくりと肩を落としたようにも見える義勇に、炭治郎は役に立てないことを詫びる。謝ることではないと首を振る義勇だったが、禰豆子が「う!」とビシッと手を挙げたことに義勇も炭治郎も驚いた。
「どうしたんだ? 禰豆子」
「うー、ふがっ」
 いつもフランスパンを咥えている禰豆子の声からは意図を読み取れないが、兄である炭治郎には何か伝わっているらしい。こっちに来いとばかりに袖を引く禰豆子に引き摺られながら、炭治郎は義勇を振り返る。何か思い当たることがあるらしい禰豆子に、炭治郎と義勇はついて行くのだった。
「これは……」
「真菰と禰豆子たちと一緒に、ここに来たことがあるんだそうです。さん、これを見てちょっと笑ったって」
 鮭を模しているらしいゆるキャラの姿に、義勇は何とも言い難い表情を見せる。女子の好みは本当にわからないと言いながらも、義勇は様々並ぶ雑貨の中から弁当箱を手に取った。
は本当にこんなものが好きなのか」
「う゛ー!」
「『義勇さん、鮭大根食べるときちょっと笑うんです。なんだか思い出しちゃって、可愛いなって』とのことです」
 つまるところそれは、このゆるキャラが好きというよりも義勇を慕っているからこそ出た言葉と笑顔なのではないだろうか。そう思いこそすれ炭治郎は、弁当箱どころか箸や弁当包みに至るまでぽいぽいと籠に放り込んでいく義勇を止めはしなかった。
「あいつが物を見て何か言うのは珍しい」
 の喜ぶ顔が見たいという義勇の目的は、経緯はどうあれ達成されるだろうから。満足気な禰豆子の頭を撫でて、炭治郎たちは本来の目的を果たすべく義勇に別れを告げるのだった。

「気に入らなかったら、使わなくていい」
 そう言って義勇が差し出したのは、大きな袋だった。礼を言って受け取ったは、開けてもいいかと義勇を見上げる。好きにしろと目を逸らした義勇に首を傾げ、は雑貨屋のロゴの入った袋を覗く。ひとつひとつ丁寧に開封する度に現れる鮭のゆるキャラに、はぱちりと目を瞬いた。弁当箱に、箸に、弁当袋。シャーペンや筆箱、下敷きなど学校生活でよく使うものが軒並み詰め込まれていた。
「義勇さん、これ……」
「煮るなり焼くなり、好きにしろ」
「に、煮ません、焼きません。 ……大切にします」
「……そうか」
「ありがとうございます、義勇さん……」
 ぎゅっと袋を抱き締めて、はほわっとした笑みを浮かべる。義勇が何を思って、どんな顔をしてこれらの物を買ってきたのかはわからない。けれど、のことを思っての行動であることはにもよく解った。竈門兄妹と義勇のやり取りなど知る由もないは、義勇はもしかして鮭という生き物に愛着があるのだろうかと妙な誤解を抱くものの。義勇は義勇で、乏しい表情筋で精一杯嬉しさを伝えようとするに、そこまでこの妙な生き物が好きだったのかと誤解を深めるものの。それでも二人とも笑顔なのだから、きっとそれでいいのだろう。殺風景だった冨岡家には、その日から奇妙な生き物の姿がよく見られるようになったのだとか。「何だか可笑しかったけど、さんも冨岡先生も楽しそうだったからいいかなって」、鱗滝からの差し入れを冨岡家に持ってきた炭治郎は、後日善逸にそう語ったのだった。
 
190217
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