「おい、冨岡んとこのちんちくりん」
「……?」
 ガラの悪い声だったが、呼ばれたはきょとんと振り返る。派手なパンクファッションの青年が、の背後に立っていた。
「お前にちょいと訊きたいことが……おい待て早まんな、その防犯ブザーから地味に手を離せ。こんなナリだが俺も一応ここの教師だ、不審者じゃない」
「…………」
「なんでそこで黙って警棒取り出すんだよ! 冨岡はどういう教育してやがる」
 ぷるぷると震えながらも宇髄の社会的・物理的生命を脅かそうとするに、その保護者である体育教師の顔を思い浮かべた宇髄は深い溜め息を吐いた。
「変な人に話しかけられたら使えって、先生が……」
「おーおー、いい度胸だなちんちくりん。風紀委員のくせに地味に不要物品持ち込んでんじゃねえぞ」
「持ち込み申請、通してます……」
「誰だその物騒な申請承認したの」
「冨岡先生です」
「職権乱用だろ」
 時透の双子と会話をしているときと似たような頭痛に、宇髄はこめかみを押さえる。とはいえ、宇髄もこんな雑談をするためにを呼び止めたわけではない。さっさと本題に入りたいが、義勇の英才教育のせいでの警戒心が全開なのである。自分ひとりでの解決を諦めた宇髄は、三人の妻を呼んだのだった。

「冨岡先生が、抗争に」
 どことなく間抜けな顔でオウム返しに呟いたに、須磨はうんうんと力強く拳を握って頷いた。と須磨はそれなりに会話をしたことがあるらしく、宇髄が須磨の夫であることを知ったの態度はだいぶ軟化した。しかし須磨との交流のきっかけが、売店でお釣りを間違えたり商品を棚ごとひっくり返したりする須磨の後片付けをが手伝ったことであるという経緯を聞いて、まきをの須磨を見る目は一気に冷たくなったのだが。それはともかく、と宇髄はに声をかけた目的を説明する。
「お前も名前くらいは聞いたことあんだろ、謝花兄妹。あいつらが喧嘩売っただとか買っただとかで、他校の不良と揉めてな。あんなでもウチの生徒だ、派手に助けに行くぜって話になったが……」
「その、冨岡先生が……先程からご不在で……お一人で先行して不良集団のアジトに乗り込んだのではないかと」
 雛鶴の重々しい言葉に、がぴしっと固まる。今日は真菰や錆兎たちと一緒に鱗滝の家に帰れと言われたのは、そういう意味があったのだろうか。大切な義勇がひとりで不良の巣窟に向かったかもしれないと聞かされて、の顔色は紙のように白くなった。
「そういうわけで行き先とか伝言とか……知らないよねその様子だと……」
 ぷるぷると真っ青な顔で震えているを見下ろし、宇髄たちはが何も聞かされていないことを察する。今にも泣き出しそうな顔のを妻に送らせようとした宇髄だったが、はその申し出に静かに首を振った。
「冨岡先生を迎えに行きます」
「おいやめろ」
 おおかたを危ないことに巻き込みたくない一心で何も知らせていなかったのだろう、が現場に行ったりしたらその原因である宇髄は義勇に面倒な恨みを持たれそうだ。第一、自校の生徒をそんな場所には向かわせられない。それが定期的に通院を必要としている女子なら尚更だ。強制的にさっさと帰らせようと思い伸ばした宇髄の手は、バシンッと大きな音を立てて弾かれた。
「……何だ、まだ校内にいたのかよ」
「謝花兄妹は回収した、後は任せる」
「はァ?」
 突然現れて会話のデッドボールを投げ付けた義勇は、宇髄に気絶している謝花兄妹を押し付ける。素っ頓狂な声を上げて二人分の重さを受け取った宇髄には構いもせず、声も上げずに驚いているの手を取って立たせた。
「予想より早く片付いた、帰るぞ」
「……はっ、はい!」
「いや待て冨岡、説明していけ」
「喧嘩が始まる前にそこの二人を回収したから、怪我人はいない。以上だ」
「以上だ、じゃねえ! 地味に事後処理押し付けんな! おい待て、さっさと帰んな!」
「次は躊躇わず防犯ブザーを鳴らせ」
「わ、わかりました」
「話を聞けよ……!」
 もう宇髄たちのことはアウトオブ眼中とばかりにさっさと帰っていく義勇と。ひとまず謝花兄妹を保健室に放り込んでくるか、と宇髄は三人の妻に励まされながら兄妹を抱えて立ち上がったのだった。

「今日は真菰ちゃんたちと一緒に、ハンバーグ作るんですよ」
「…………」
「その……義勇さん、怒ってますか?」
「……怒ってはいない」
「でも……」
「強いて言うなら、お前に説明を怠った俺自身に苛立っている。逆の立場なら俺も追いかけるだろう」
「…………」
「心配をかけて悪かった」
「そ、そんな……後先考えずに追いかけようとしたりして、申し訳ありません……」
「……何事も無かったから、それでいい」
 ぽすぽすと頭を軽く叩く義勇に、の表情がやっと緩む。物わかりがよくて素直で従順で、けれどそんなにも意地を張るときがあるのだと知って安心する。それも義勇のためなのだから、心配こそすれ悪い気がするはずもなく。
「ところで、さっき見たからには謝花兄妹の顔は覚えたな」
「は、はい」
「宇髄の顔も覚えたな」
「はい」
「奴らは危ないから近付くな。服装検査でも構わなくていい」
「え、えーと、」
「これは学園内の問題児リストだ。ここに乗ってる奴らは全部我妻にやらせろ」
 淡々と、しかしごく真面目にどさっとの腕に分厚い紙束を持たせる義勇。義勇の問題児判定基準はずいぶんと広いのだなと思いつつ、さらりと善逸に酷な発言に困惑する。
「我妻の保護者には許可を取ってある、問題ない」
「そ、そうなんですか……」
 の困惑を見透かしたかのような言葉に、は考えることを止めた。せめて救急箱の中身を充実させておこうと、は思う。宇髄が「あの保護者にしてこのちんちくりん有り」と思ったことも露知らず、義勇とは並んで鱗滝の家へと歩くのだった。
 
190217
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