その日の善逸は、この世の全てを呪うかのような目をしていた。そう炭治郎は語る。
「バレンタイン滅びろって、何度も言ってたなあ。お菓子の持ち込みは制限されてないから不用品として没収することもできない、風紀委員って何のために存在しているんだろうな、とか」
 けど、と炭治郎は禰豆子に言った。
「少なくとも風紀委員会だったらチョコのやり取りなんて見なくていいんじゃないか? って提案したんだ。さんと冨岡先生が、チョコのやり取りしてるところなんて想像もつかないし」
「う!」
 笑いながら断言する炭治郎に、禰豆子も頷いたのだった。

「ああ……ばれんたいん」
 会議室で机に突っ伏す善逸に訳を尋ねたは、微妙に覚束無い発音で頷いた。わかってはいたことだが、この分ではからの義理チョコなど望むべくもないだろう。少ししょっぱい気持ちで、善逸は顔を上げた。
「先輩は、バレンタインはどうするんですか?」
「?」
「チョコ作ったりとか……」
「えっと……チョコ食べに、連れて行ってもらえた……」
「え?」
「チョコレートファウンテンとかいうものに連れて行った」
「冨オ゛ッ……か先生……!?」
「うん、先生と一緒に行ってきた。チョコが噴水みたいだったんだよ、すごかった」
「そ、そうなんですか……おめでとうございます……」
 突如背後に現れて会話に加わった義勇に、冨岡アレルギーを発症しながらも驚きの言葉をなんとか発する善逸。ハイライトに乏しい瞳をきらきらと輝かせてチョコフォンデュの楽しさを語ると、そんなを眺めて満更でもなさそうな顔をしている義勇。そういえばこのふたりは教師と生徒でさえなければキメツ学園リア充コンテストで優勝しているだろうと言われるほどの仲睦まじさであったと思い出し、善逸は再び机に突っ伏したのであった。

「……どうした、
 今日も今日とて仲良く歩く帰り道。どこか物思いに耽っているようにも見えるに義勇が問いかけると、は義勇を見上げて口を開いた。
「ばれんたいん、チョコをあげる日だったんですね」
「……そのことか」
「私、義勇さんにチョコ、あげてないです……」
「お前がチョコを食べているのを見る方がいい」
「そうですか……?」
「ああ」
 ちなみには、逆チョコという文化もよくわかっていない。果敢にもに逆チョコを渡そうとした男子もいなかったわけではないが、皆の後ろにいる義勇の眼光に負けても気付かないうちに引き下がっていた。義勇本人に威嚇していたつもりはないというあたりが性質が悪いが、何だかんだで腹ペコキャラの気のあるが他人に餌付けされるのはどうにも気に食わないと、突き詰めればその感情は嫉妬である。
「義勇さんが、特別にチョコが好きなわけじゃないのは、わかっているんです……けど……」
「お前の方が、チョコは好きだろうな」
「はい、でも、そういう記念日なら……勉強しておくべきでした……」
「気にしているのか」
「……少し」
 少しとは言うものの、どう見てもものすごく気にしている。は少しばかり世俗に疎いところがあるから、世間一般の当たり前を義勇に贈れなかったことを悔やんでいるのだろう。けれど義勇がさしてチョコを好むわけでもないと知っているから、無用なイベントであることも解っている。にも乙女心というものは備わっているらしいと、なかなかに失礼な感想を義勇は抱いた。
「……俺はチョコは要らないが、」
「はい……」
「更に言うなら、一人でああいったところにも行かない」
「そう、ですね……?」
「お前がはしゃぐのを見るのは面白かった」
「……!?」
「あんなにそわそわしているのは初めて見た」
「えっ、あっ、」
「俺の手を引いて『向こうに行きたい』と主張するのも珍しかったし、本当にどっちも食べていいのか何度も聞いて苺とマシュマロを見比べているのも面白かった」
「……ぅ、な、何でそんなに変なところ、覚えてるんですか……?」
「別に変なところじゃない。お前のことしか見ていなかっただけだ」
 ぷしゅう、と音でも立てそうな勢いでの顔が赤く染まる。がチョコレートファウンテンに大はしゃぎしていた一部始終を、淡々と語る義勇。あまりの羞恥に両手で顔を覆ったは、蚊の鳴くような声を絞り出した。
「じゃ、じゃあ、義勇さんが、また行こうって、言ったのは、」
「……またああいうところを見たい」
「う、ぅ、」
「だめか」
「……だめじゃないです、けど、恥ずかしいです……」
「何も恥ずかしくない」
「私が恥ずかしいです……」
 両手で顔を覆ったが転んだりしないよう肩を抱いて、義勇は平然とした顔で歩いていく。まさしく砂糖を吐き散らすような甘さに、禰豆子のストーカーを終えて帰宅途中だった善逸は我が目を疑ったのだった。

「もう風紀委員会って先輩がいればよくない!?」
「善逸……」
 事のあらましを炭治郎に語り聞かせた善逸は、机に突っ伏してオイオイと泣いた。確かにはチョコを義勇に贈ってはいなかった。しかしそれ以上に甘ったるい関係だった。バレンタインデートに公道での惚気垂れ流し、風紀とは何なのか。胸焼けのしそうな甘さである。
「もう俺要らなくない!? お邪魔じゃない!? なんで毎日殴られてまで風紀委員会やらなきゃいけないの!?」
さん、金髪じゃないしなあ」
「そこじゃないんだよ!?」
「でも考えてみてくれ善逸。善逸でさえ相手をするのが大変な伊之助や朱紗先輩たちの前に、さんを立たせられるか?」
「……それは」
 伊之助の体当たりを食らったら捻挫しそうだし、朱紗の鞠を投げ付けられたら骨折しそうなである。この問題児だらけの学園で、ひとりに風紀委員をやらせてしまっていいのだろうか。
「冨岡先生は学園内だとさんのこと特別扱いできないし、善逸が守ってやらなきゃ」
「俺が……先輩を」
「それにさん、バレンタイン詳しくなかっただけみたいだし、来年は義理チョコもらえるかもしれないぞ?」
「炭治郎……うん、炭治郎の言う通りだ! 俺が先輩を守るよ!!」
 言うが早いが、善逸は教室から飛び出して会議室へと駆けていく。駄々をこねつつもなんだかんだと風紀委員会の職務を果たす善逸に、炭治郎は純粋に感心するのであった。
 
190227
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