「どうだ、うまいか!」
「は、はい……おいしいです」
「そうか! それはよかった」
 背中をばんばんと叩かれて、噎せそうになる。それでも杏寿郎は心底嬉しそうに笑っていたから、もほっと安堵の息を吐いた。あれやこれやと並べられた甘味の皿を前に、杏寿郎は好きに食べるといいとに勧めてくれて。こんなに大量の甘味が並んでいるところを目にしたことなどないから、物珍しさも相まって眺めているだけでも楽しくて。ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべたを見て、杏寿郎は本当に嬉しそうに笑った。
「ようやく君の笑顔が見られて、俺は嬉しい」
「えっ、あっ、」
は元より可愛らしいが、笑うともっと愛らしいのだな!」
「へあっ……!?」
「? どうした、顔が赤いぞ!」
 可愛いだとか愛らしいだとか、惜しげもなくそんな言葉を口にされることが面映ゆいことを杏寿郎は知らないらしい。なまじにとって一番近い義勇は言葉よりも行動で心情を表す部類の人間であったから、余計に杏寿郎の言葉で頬が熱くなるのが感じられた。
「その、あ、ありがとう、ございます……炎柱様。遊んでくださったり、お団子、連れて来てくださったり……」
「うむ、君が喜んでくれたのなら何よりだ」
 互いに茶を飲みながら、ほのぼのと会話をする。なんでもないような穏やかな時間だが、なんだかとても不思議な気がした。の小さな世界の中心には義勇がいて、鱗滝や狭霧山の子どもたちがいて、そこから少し離れたところに鬼殺隊の仲間たちがいる。にとってはとても遠かったはずの杏寿郎がすぐ隣にいることが、不思議な巡り合わせで。
「義勇さまに、お礼を言います」
「うん?」
「炎柱様にお会いできたのは、義勇さまのおかげなので……炎柱様にお会いできて、お話ができて、うれしい、です」
……」
「炎柱様、ありがとうございます」
 茶の水面を見下ろしていたが、顔を上げて小さく含羞む。白い頬が、ほんのりと淡く桜色に色付いて。柔らかそうな輪郭の、緊張が解けて緩んだ。きらきらと温もりを宿して見上げてくる、綺麗な天色。初めて真っ直ぐに目が合って、杏寿郎はぽかんと口を開いた。
「……、」
「炎柱様?」
 何事かぽそりと呟いた杏寿郎の言葉は、彼には珍しくとても小さな声で。きょとんと首を傾げたに、杏寿郎は改めて口を開いた。
「……君は綺麗だな!」
「…………え、」
 予想だにしなかった杏寿郎の言葉に、は理解の範疇を超えて固まる。杏寿郎はその言葉を口にしただけで満足したようで、うんうんと一人頷いて饅頭に手をつけた。わからなかったことがわかったような、妙にすっきりとした顔をしている。自分の言葉がのささやかな乙女心を盛大に轢いたことなど、まるでわかっていない様子だった。
「どうした、あちらの三色団子もうまいぞ?」
「……あっ、ハイ……ありがとうございます……」
「?」
 きっと、深い意味など無いのだ。団子がうまいとか、陽射しが強いとか、それらと同じように。けれどそれは、率直に思ったことを口にする杏寿郎が本当にを可愛いだとか綺麗だとか思ってくれたということで。他人にそういうふうに評されることなど、初めてで。それはなんだか、とてもくすぐったくて温かい心地だった。
「あの……お団子、おいしい、です」
「そうか! 葛切りもうまいぞ」
 自らもモリモリと甘味を食べながら、にもあれこれと勧めてくれる。杏寿郎には一切照れたりしている様子がなく、自分だけ気恥しいだとか意識するのもおかしな気がした。杏寿郎に勧められた葛切りを口にしながら、その甘さに目を細める。いい塩梅に苦いお茶で口を休めつつ、一生分はありそうなほどの甘味をちまちまと食べ進めて。滅多にない贅沢にドキドキと悪いことをしているような緊張を覚えるが、杏寿郎と一緒に店の甘味を食べ尽くすかのように注文をするのが楽しくて。時折お茶の代わりに桜湯を頼んだりもして、二人のお茶会は和やかに盛り上がったのだった。

 ぽてぽてと、杏寿郎の隣を歩く。最初は杏寿郎に送られることを固辞しようとしただったが、「来た道がわかるのか?」と言われれば返す言葉もなく。流れる景色を夢中で眺めるばかりで、すっかり帰り道のことなど失念していた。来た時のように抱えて行くことすら提案する杏寿郎に、必死に首を横に振って。いつも世話になっている商店街を抜けながら帰ると、町人に声をかけられる。「今日はお師匠さんと一緒じゃないのかい?」「隣のお兄さんも食いっぷりが良さそうだね」と次々に声をかけられては丁寧に返事をしていくに、杏寿郎は少し意外に思った。
「君は、ずいぶん町の人々に好かれているんだな」
「えっと……その、そうだったら、嬉しいです」
 もじもじと気恥しそうにしながらも、好かれていたら嬉しく思う気持ちは本当なので否定などしない。商店街に入ったとき、杏寿郎に一瞬向けられたのは敵意と警戒だったのだ。いつも連れ立っている義勇ではない、見慣れない男。どこか抜けたところのあるが拐かされているのではないかという、疑いの目だった。の緊張していない様子や同じ隊服を着ていることから、その疑いはすぐに解けたようだったが。行きに商店街を通っていたら、きっと誘拐と思われていたに違いなかった。自身は気付いていないようだが、はすっかりこの町の子として可愛がられているようだ。杏寿郎たち煉獄家とは違い、代々この土地に住んでいるというわけではない。人付き合いが得意そうには見えないが、自身がこの町の人と関わり築いた関係なのだろう。
「――いい町だ。ここは」
「はい……優しくて、いい人たちばかりです」
「君もだ、
 にこにこと町の人々への親しみを込めて頷くの、頭を撫でる。驚いたように目を丸くしたは、少し鈍くて。けれど、可愛らしい。 人々に好かれている理由が、よくわかる。思わず撫でたくなるような、愛らしい丸みの頭。小さな体躯は生きることに一生懸命で、素直に応援したくなる。臆病ながらも気立てがよく、律儀で。思わず目を惹かれるような、そんな健やかな眩しさを持っていた。
「冨岡は、継子に恵まれたようだ」
「そっ、そんな……私は、全然……」
「俺も冨岡も、人を見る目は確かだぞ?」
「それはちが……! わ、ないですが、えっと……なんというか、」
「冨岡の継子でなければ、俺が継子にしたいくらいだ」
 穏やかに目を細めてそう告げると、は奇妙な鳴き声を上げて縮こまる。その顔は真っ赤に染まっていて、今にも湯気が出そうなほどだった。実際、は良い継子になるだろう。見ていて気持ちのいいほどに、一生懸命な子どもなのだ。口数は少ないが、頭の中ではきちんとものを考えているようで。杏寿郎が押し付けてしまった善意にも、泣くほど誠実に応えようとして。与えられたもののひとつひとつを丁寧に手の内に収めようとして、必死に報いようとあがく。どこか他人との間に距離を保とうとするところのある義勇でさえ、手を差し伸べずにはいられない。
「きっと君は、いい剣士になる」
「……ありがとう、ございます……!」
 頬を赤く染めたは、それでも恥ずかしさに俯くことなく顔を上げて礼を言う。きゅっと握られた小さな拳は、小さくも眩しい決意を秘めていた。
「……ああ、君の迎えが来たな」
「?」
 ふと顔を上げた杏寿郎の視線を追うと、そこには義勇の姿があって。珍しく息を切らしているのに安堵したような表情の義勇は、書き置きも無しに家を空けたを慌てて探しに来てくれたらしかった。
「義勇さま、」
「……煉獄と出かけていたのか」
「は、はい、黙って出かけて、申し訳ありません……」
「いや……それはいい」
「すまないな、冨岡! を借りていた」
「……怪我は悪化させていないな?」
「ああ、菓子をたらふく食べさせただけだ!」
「菓子を……? が、世話になった」
 どうして杏寿郎がに菓子を奢ってやるのかと不思議そうにしていた義勇だが、が世話になったのならと保護者のように感謝を口にする。表情が読めないながらも律儀に礼を言うところは本当にそっくりだと、杏寿郎はしみじみ感心した。
「ではな、
「は、はい、炎柱様……! ありがとうございました……!」
 送るのはここまででいいという義勇の視線に頷いて、杏寿郎はぽすりとの頭に手を乗せる。の成長が楽しみだと、そう思う。良い巡り会いだったと、杏寿郎はにこやかに笑って二人の背中を見送るのだった。
 
200515
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