「……どうしたんだ、それ」
「拾った」
「拾ったって、お前なあ」
「くれると言うから、もらった」
債務者を沈めに行った義勇が、子どもを連れて帰ってきた。呆れたように経緯を問う錆兎だが、義勇は淡々と言葉を連ねる。時々天然じみた言動をとるこの弟分は、長年の付き合いである錆兎でさえ行動が読めないときがある。義勇が連れてきた少女は見るからに怯えていたが、義勇のスーツの袖を皺になりそうなほど強く握り締めていて。本意でなければ振り払うであろう義勇がそれを許しているのを見て、錆兎は片眉を上げた。義勇曰く「これを借金のカタにしてくれ」と少女を差し出されたのだそうだ。どんなことをさせても構わないから、自分を見逃してくれと。ぼうっと無気力な目で義勇を見上げた少女は痣だらけで、表情が削がれたような顔をしていたが確かに怯えていた。義勇は少女の腕を掴んだが、そのまま背後へと押しやって。当初の予定通り債務者の男を蹴り飛ばして気絶させた。男の末路は、言わずもがなである。
「未成年で、おまけに見ての通りの傷だ。何をさせてもたいした金にはならない」
「それはそうだが、どうして連れて帰ってきた」
「子どもだ」
「…………」
「鱗滝さんなら、きっと拾うと思った」
聞いたところ、もう鱗滝の許可は取っているらしい。総長の許可があるなら錆兎の口を出すところではないが、ちらりと少女に視線を向けて錆兎は義勇に問うた。
「子どもの面倒なんて見れるのか」
「…………」
「どうするんだよ」
「……どうにかする」
視線を泳がせた義勇に思わずため息が出るが、義勇の気持ちもわからなくはなかった。義勇も錆兎も、子どものときに鱗滝に拾われた。表社会に生きる道も鱗滝は選ばせてくれたのに、こちら側を選んだのは自分の意思だ。何の得にもならない子どもを拾って育ててくれた鱗滝の役に立ちたいと、思ったから。かつて救われた自分たちが、社会の底に落ちそうな子どもに同情してしまうのも自然なことかもしれなかった。はあ、と腰に手を当てた錆兎は、しゃがみ込んで少女に視線を合わせる。
「お前の名前は」
「ッ、、です……」
「そうか、。俺は錆兎で、こっちは義勇だ」
「おい、錆兎……」
「どうせ名乗ってないんだろ」
「…………」
「さ、錆兎さん、義勇さん……」
何度も吃りながら、か細い声では「よろしくお願いします」と頭を下げる。礼儀を知っているだけ上出来か、と錆兎は小さな頭にぽんと手を乗せた。
「まず風呂に入ってこい、その後に飯だ。今後のことは飯の後に話す」
「は、はい……」
「義勇はの案内と、着替えの用意」
「…………」
「ちゃんと面倒を見るんだろう」
「……ああ」
こっちだ、との掴んでいる腕を引っ張って義勇はを先導していく。昼飯の残りでも温めるか、と錆兎は腰を上げたのだった。
「お前のせいだからな」
「…………」
「あ、あの、錆兎さん、わ、私が悪くて、」
「は黙っていろ」
錆兎に責められる義勇をが庇おうとするが、鋭い一瞥にぴゃっと肩を竦めて小さくなってしまう。義勇が背後に隠そうとしたの腕を掴み、錆兎はを引っ張り出して指さした。
「お前が拾ってきた日に自分のジャージなんて着せるから、が飾り気のない女になったんだ」
少しくたびれたTシャツとぶかぶかのジャージを指して、錆兎はこめかみに青筋を立てる。鱗滝がに服を買い与えようとしたところジャージを欲しがったことに衝撃を受けたという話を聞いて、錆兎は義勇のところに文句を言いに来たのだ。
「最初だけならまだしも、ずっと自分の部屋着ばかり着させて……お前がちゃんと面倒を見ると言うから俺は黙っていたんだ」
「……が嬉しそうだった」
「お前から貰うものに、が文句を言うと思うか?」
およそ場所に似つかわしくない平和な言い争いだと、真菰は女子高生向けの雑誌を捲りながらところどころに付箋をつけていく。さすがに年頃の女子の私服が成人男性のジャージばかりなのはどうなのかと鱗滝が心配していたが、はあの通りであるし真菰が目星をつけることにしたのだ。錆兎にがっちりと腕を掴まれて縮こまっているは、確かに制服か義勇のお下がりの服以外でいるところを見たことがない。元々あれが欲しいとかこれが欲しいとか言う子どもではなかったし、家事はしているとはいえ生活の全てを世話してもらっている身で何かを望むということ自体考えもしなかったのだろう。それに何より、錆兎の言うようには義勇から与えられるものには何にだって喜ぶのだ。けれど着飾ったらとても可愛いだろうと、妹のような存在であるに何が似合うのか考えて真菰の頬が緩む。がやって来てからそれなりに経って、あれほど臆病だったもすっかりここの人間に懐いていた。不器用ながらも面倒を見ようとしてくれる義勇と、あれこれと口煩いながらも世話を焼いてくれる錆兎に対しては特に懐いていて。誰に対しても遠慮がちだったが、高校の制服を真っ先に見せに駆け寄ってきてくれたときのふたりの顔と言ったら見物だったと、真菰はにこにこと当時の光景を思い浮かべた。
「、こっち」
おいでおいでと手招けば、錆兎と義勇の喧騒を背後にがとてとてと近寄ってくる。付箋をつけた中でどれが良いかと尋ねれば、は遠慮がちに雑誌を覗き込んだ。かわいい、とぽつりと呟いたの頭を思わず撫でると、ふにゃりとが笑う。和む真菰の後ろで、錆兎が「これは駄目だ」と付箋を剥いだ。
「脚を出しすぎてる」
「ああ」
「こっちは丈が短い」
「袖も短すぎる」
「錆兎たちはのお父さんなの?」
片っ端からダメ出しをする男二人に、真菰はのんびりと口を挟む。真剣な顔をして「悪い男が寄ってくる」と言うが、そうそう軽薄な男が寄ってくるわけもないだろうと真菰は思った。
「に声をかけれるような男の子だったら、逆に見込みがあると思うけどなあ」
何しろ普通の高校に通っているとはいえ毎日錆兎か義勇が迎えに行っているし、学校行事には二人はもちろん鱗滝を始め組の人間がわらわらと顔を出すのだ。あからさまに匂わせるようなことはしないとはいえ、が組関係者の身内であることは同じ学校の生徒には密やかに知れ渡っている。「こわいお兄さんたち」がいるに声をかける男がいたとしたら、生半可な気持ちではないだろう。むしろそこまでを想っているような誠実な人間ではないかと、真菰は思うのだが。
「はまだ子どもだ」
「恋愛なんて早い」
こわいお兄さんたちときたら、女子高生を相手にこの言いぐさなのである。義勇も錆兎もこんなに兄馬鹿の過保護だったのかと、真菰は生温かい目を二人に向けた。
「、ショートパンツが似合いそうなのにね」
剥がされた付箋のページを指すと、は照れながらも「似合う」という言葉に嬉しそうにする。今度二人に黙ってどこかでと服を買ってこようと、真菰は思う。どうせ義勇も錆兎も、可愛らしい格好をしたを見たら何も言えなくなるに決まっているのだ。おずおずとキュロットスカートを指さしたに二人が審議を始めるのを眺めながら、真菰は炭治郎と禰豆子に買い物の誘いの連絡を入れるのだった。
190620