わかりやすい趣味だなと、宇髄は思う。「やらないぞ」と錆兎が顔を顰めて言った。「要らねぇよ」と答えた宇髄に、壁にもたれていた義勇がちらりと視線を向ける。「可愛いだろう」とどこか満足気な鱗滝に当たり障りのない肯定を返せば「四人目にはさせないぞ」と錆兎が言うものだから、宇髄はうるさそうに手を振った。
「ちんちくりんに手ぇ出す趣味はねぇよ」
「も、申し訳ありません、宇髄さん」
「まあ、格好自体は悪くねぇな。ちぃと地味だがよ」
「……宇髄」
「お前ら本当に面倒だな」
 紺の地に薄い水色のラインがあしらわれた、膝下丈のワンピース。にしては珍しい格好に言及したところ、鱗滝組の若頭補佐二人が噛みついてきたのだ。宇髄が上位組織である産屋敷の使いであることを忘れたわけでもあるまいに、まったく兄馬鹿とでも言うべきか。どことなく清楚さと幼さを強調するそのワンピースは、どうせ二人が見繕ったものだろう。に雑談の延長として問うてみればまさにその通りで、真菰も含めた四人で先日出かけたときに義勇と錆兎が選んだものらしい。本当にわかりやすい趣味をしていると思いつつも、宇髄はの肩口で切り揃えられた柔らかい髪をわしわしと撫でたのだった。

 はきっと、宇髄のことを遠い親戚の兄貴分のように思っているのだろう。その妻たちと親交もあるから、なおさら。それでいい、そうであってくれと、義勇も錆兎も望んでいる。真菰も鱗滝も、もしかしたら宇髄も、は裏社会には関わらず生きていてほしいと思っているだろう。例えば宇髄が今二人に渡した封筒のようなものになど、関わらず生きていてほしいと。
「電話で軽く話した通りだ、身元に繋がるものが出た。どっちかといやぁ『出所』に近いけどよ」
 宇髄が二人に渡したものは、数年前のリストだ。身寄りのない子どもと、里子や養子を欲しがる人間との『仲介業者』。は義勇が沈めた債務者の血縁ではなく、本人の記憶が曖昧なこともあって身元すらわかっていなかった。どういう経緯であの場にいたのか、が帰りたいと望んだ時には帰れる場所があるのか。ずっとには内密にしてそれを調べていた二人に、宇髄が先日監視下に置いた『仲介業者』の資料から偶然見つけたリストを渡しに来たという経緯だった。
「写真もついてるし、まぁ間違いないだろ」
……」
「……薄々察してはいたが、身寄りは無いんだな」
 書類を見下ろして、難しい顔をする錆兎と義勇。その書類を読み進めていく二人の表情は、次第に険しくなっていって。それを見た宇髄は「察しが良くて助かるぜ」と備考の欄を叩いた。
「『紛失』……」
「正確に言うと、盗まれたってのが近いな。『納品前』、つまり買い手がついてた状態だった」
「義勇が沈めた男は、その仲介業者だったのか?」
「いや、その土左衛門が盗んだんだよ。『運送業者』の下っ端だったが、時々荷を抜く悪癖があったらしくてな。それがバレそうになって、最後に一番でかい荷を盗んで逃げた」
「……それがか」
 宇髄の調べたところ、の『買い手』は大層を気に入っていたらしい。初めは子どもなどを盗んでしまったことに頭を抱えていた男だったが、それを知っての買い手に話をつけようとしていた。だからには脅すため以外の暴力は振るっていなかったし、最低限とはいえ食事も与えて。だが話がまとまる前に義勇が来て、はここに引き取られた。今のは、鱗滝の養子ということになっている。
「買い手はどういう人間だったんだ? 今でもを探しているのか?」
 錆兎の問いに、宇髄は少し苦い顔をして頭に手を当てる。宇髄にしては珍しい言い淀み方に、義勇も錆兎も首を傾げた。
「悪ぃが、買い手についてははっきりした情報が無ぇ。そん時の担当が地味に飛んじまってんだ」
「そうか……」
「一応納品先として宗教団体の名前があったが、別の組織と繋がりがあって手が出せねぇ。今はこれ以上調べるのも難しいだろうな」
「……助かった、宇髄」
「買い手がわかったら、そいつにやるのか?」
「まさか。どうせろくな人間じゃない」
「俺たちと同じくらいにはな」
 改めてには帰る場所が無いことを知った二人は、それでもどこか淡々としている。錆兎の言うように、元々察してはいたとしてもだ。家族がいたら、あるいは引き取り先がまともな家庭であったら。もしそうなら、二人はを手放してやったのだろうか。到底そうは思えないから、宇髄にはどうも可笑しなものに映るのだ。
「お前ら、あのちんちくりんをどうしたいんだ」
「……幸せに生きてくれればそれでいい」
「そういう顔には見えねぇけど」
「そう見えるか」
 少し驚いたように、錆兎が眉を上げる。義勇も、自分の表情を確かめるかのように頬に触れていた。
「派手に忠告しといてやる。幸せになってほしいなら、さっさと手放せ。幸せにしたいなら、ちゃんと持っとけ」
「……ああ」
 神妙に頷いた義勇も、その隣の錆兎も、「どちら」にするべきかなどきっと決めてしまっている。それでもまだ言い訳のように、ありふれた普通の幸せとやらを与えるべきだと自身に言い聞かせているのだろう。未練たらしくもあるが、健気でもある。義勇も錆兎も、生き方を変える気はさらさらないのだ。宇髄がそうであるように、人生を懸ける場所を定めてしまっている。巻き込んでしまうしかないものを躊躇うのは、がまだ子どもだからだろうか。女などあっという間に覚悟を決めてしまう生き物だと宇髄は知っていたが、それをこの二人に告げるつもりはなかった。もうお節介なら十分焼いたというのもあるが、どうせ二人もすぐに思い知る。「借りは仕事で返す」と真剣な面持ちで言う錆兎とそれに頷く義勇に、宇髄はほんの少しの憐れみを抱いたのだった。

 には見せまいと、決めていた。乏しい表情筋を緩めて嬉しそうに紺色の裾を翻したには、決して血に汚れた手で触れるまいと。返り血を浴びた姿も、刀を握っているところも、背中の刺青も、見せたことはない。これからも、そのつもりだった。今どきの高校生にしては早い門限と就寝時間を強いているのも、「こういうところ」を見せないと決めているからだ。
「……派手に苛烈だよなぁ」
 錆兎と義勇が制圧したビルの一室で、宇髄は使うことのなかった自らの得物を取り出す。情報の見返りに「仕事」を手伝わせたはいいが、目的のひとつであった見せしめについては十分すぎるほど達せられているだろう。水面の心がどうだとか穏健派のように見えて、鱗滝の組は産屋敷傘下で一二を争うほどの苛烈さを持っている。敢えて生かされた男が這いずるその手を貫いて床に縫い止めた義勇の目には、を見るときの柔らかさなどひと欠片も残っていなかった。
「これに訊きたいことはあるか」
 淡々とした声で、義勇が宇髄に問う。「いいや?」と肩を竦めれば、地べたを這いずる男は轢き潰される蛙のような悲鳴を上げた。産屋敷の傘下に喧嘩を売ったくせに、中心人物までこの気の小ささでは呆れや怒りを通り越して憐憫さえ湧いてくる。一応首謀者とでもいうべき人物であるのに、その振る舞いときたら三下以下だ。さっさと片付けて帰ってしまおうと、宇髄は得物を振り下ろす。ごとんと、呆気なく首は転がった。何気ない世間話のように、宇髄は口を開いた。
「あのちんちくりんが、お前らにとって面倒事になる可能性もあるわけだ」
「……そうだな」
「『こう』しておくのが安全だと思うけどよ、お前らはどうせそのつもりなんてないんだろ?」
 転がった首を指して言う宇髄に、錆兎も義勇も頷く。宇髄にとっても面白くない結末であったから、即座の否定は安堵にも似た感情を宇髄に覚えさせた。
「仕事が終わったなら、帰る」
 すたすたと、義勇も錆兎も荒れ果てたビルの中を去っていく。急いでいる様子に何かあるのかと訊けば、毎日の勉強を見てやっているのだという。彼らが仕事でいない日は真菰や鱗滝たちが見てくれることもあるしも彼らの仕事に理解はあるが、彼らは単にその時間が失われるのが惜しいのだ。
「……すげぇ入れ込んでるじゃねぇか」
 当人たちに隠す気があるのかないのか、去っていく二人に呆れを隠すこともなく呟く。にとっては或いは彼らこそが人生の面倒事そのものなのではないかと、あながち間違いでもない印象を宇髄は受けたのだった。
 
190625
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