に見合いの話が来た」
 義勇とが買ってきたドーナツをおやつに他愛ない話をしていた中、鱗滝が唐突に話を切り出した。当の本人のはといえばぽかんとした顔で「みあい」と単語を繰り返す。義勇と錆兎はドーナツを手にしたまま固まってしまい、真菰は驚きながらも「お見合いですか?」と首を傾げていた。今どき見合いかという話は、この界隈では珍しくもない。真菰とて、既に話は出ているが断っているだけだ。が在学中のうちに、鱗滝の組との繋がりを持ちたいと考える組織があるのかもしれなかった。
「お、おみあい、」
「本家との話だ、そう固くなることはない」
 気が乗らなければ縁談そのものは断ってもいいと、鱗滝は三個目のドーナツを手にして言った。気に入ってくれて良かったと現実逃避のように思うが、そんなをよそに硬直の解けた錆兎と義勇が矢継ぎ早に鱗滝に質問を浴びせていく。わかりやすいなあ、と思いながらも真菰はの口元にチョコの乗ったドーナツを差し出す。もふっと反射的に齧って咀嚼していくに、真菰は目元を和らげた。
「着物選ぼうね、
「は、はい、」
「少しお話してればすぐ終わるから、大丈夫だよ」
 焦った様子の兄馬鹿ふたりと泰然とした鱗滝のやり取りをまとめると、元はと言えば産屋敷の総裁の思いつきらしい。幹部のひとりが仕事熱心なのはともかく血の気が多いのを、若頭補佐が「身を固めたら少し落ち着くのでは」と冗談混じりに言ったところ「それはいいね」と総裁が乗り気になったのだそうだ。そこで鱗滝の養女が進路を考えあぐねているという話を思い出し、会うだけ会ってみてはどうだろうと鱗滝に持ちかけてきた。半ば身内の遊びのようなものだから、縁談を断ったとしても関係が悪くなることはない。だがひとまず見合い自体は行ってきてほしいと言う鱗滝に、は壊れた人形のようにこくこくと頷いた。義勇と錆兎も、そういう経緯ならと渋面を作りながらも納得した様子でいる。が縁談自体は断ると、既に結末が見えているつもりでいるのだろう。なんだかんだ言いつつもを所有している自覚のあるふたりは、当然のようにが帰ってくる前提で話を進めている。とはいえ相手も話を聞く限りだと断るつもりでいるのではないかと、真菰は何個目かのドーナツをと半分こしながら思った。

「ああ、不死川だろそりゃ」
 の見合い当日、仕事の情報交換のために錆兎のところに来ていた宇髄はそう言って肩を竦めた。「あいつもハナから断る気だから、派手に安心しとけ」と錆兎の不機嫌を鼻で笑う。お館様と慕う産屋敷の提案でなければ、おそらく見合いの場にすら行っていないのではないか。そう言って宇髄は肩を竦めた。
「あいつ、弟が自分を追っかけて部屋住みで入ってきて荒れてっからなぁ。結婚どころじゃねぇだろ」
 お互い義理を果たすための、形だけの見合いだ。どう転んでも成就はすまいと、宇髄は愉快そうに笑う。それなら良いが、と錆兎は不機嫌な顔のまま頷いたのだった。

「…………」
「…………」
 後は若いお二人でごゆっくり、という常套句と共に置いて行かれ、はガチガチに緊張したまま正座していた。着物に慣れていないわけではないが、美容室で綺麗に髪を整えられたりあからさまに値の張りそうな着物だったりと、どうしても息が詰まってしまう。その上、やって来た見合い相手はを一目見てからずっと鋭い目付きで視線を外さずにいるのだ。仲人に話を振られて返事をしたり、茶に手をつけたりはしていたものの、射貫くようにじっと外れない視線はには怖い。不死川実弥というらしいその人は、傷を見慣れたでも驚くほどに傷の多い人だった。口下手な上に臆病なから話を振ることもできず、視線から逃げるように俯いてしまう。鱗滝の迷惑になるようなことはしたくないという一心から焦るだったが、ふと目の前に差し出された手にびくっと震え上がった。
「……庭。見に行くぞォ」
「は、はい……」
 逡巡の末におそるおそるその手を取って、立ち上がる。義勇や錆兎の手も傷が多いが、実弥の手も傷痕が多かった。刀傷に見えるそれに、どうしたらこんなに刀傷がつくのだろうとは内心首を傾げる。「傷の多い男は嫌いかよォ」と尋ねられ、は慌ててぶんぶんと首を振った。
「い、いえ、刀傷、多いなって……」
「刀傷って判んのかァ」
「み、身内が、同じような傷、」
「あァ……そういや冨岡たちの身内だったか……」
「義勇さん、ご存知ですか……?」
 義勇の名前が出てどことなく嬉しそうにするに、ケッと実弥は肩を竦める。嫌いだと端的に説明をすれば、は地雷を踏んでしまったことに気付いてぴゃっとすくみ上がった。が怯えたのを見て、実弥は気まずさ半分苛立ち半分といった顔をする。
「テメェに当たったりしねェよ」
「す、すみません……」
 この分では、さぞかしは義勇を慕っているのだろう。面白くない気持ちになったのは、断る気だった見合いの相手に一目惚れなどしてしまったからである。これでは一般人に一目惚れした伊黒のことを笑えない。未だに怯えている小さな手を少し強引に引いて、料亭の庭を歩く。産屋敷と繋がりのあるこの料亭は、今日はこの見合いのためだけに貸し切られているのだそうだ。最初はそこまでしなくとも、と思っていたが今は感謝さえしたくなる。自分との見合いのために着飾ったこの少女の姿を、他の誰にも見られることはないのだ。
「……とか言ったなァ」
「は、はい、」
「見合い、断る気だったろ」
「……え、えっと、」
「俺も断るつもりだったんだよォ」
 実弥の意図が読めないながらも、どこか安心したように見える。そんなの反応に、実弥は顔を顰めた。
「……俺は断らねェからなァ」
「えっ、」
 繋いだ手を、実弥の手がゆっくりと撫でる。「今日はこのくらいにしといてやるよォ」と口の端を吊り上げた実弥は、そのまま存外丁寧な所作での手を引いていく。どういうわけか縁談に乗り気になってしまったらしい実弥に、はおろおろと戸惑う様子を見せた。
「あ、あの……」
「何だァ?」
「こ、断らない、って、」
「文句あんのかよォ」
「えっ、と……ど、どうして……」
 本気で戸惑っているらしいに、実弥は肩を竦める。どうやら鈍感は義勇譲りらしいと、との話が進めば義兄と呼ばなければならなくなることに気付いて顔を顰めた。発端はどうあれ、今回の縁談は双方にとって悪い話ではない。断っても構わないが、受けても構わない話なのだ。見合いで気に入った相手と結婚したいと思うのは、別段おかしなことでもないだろう。はうじうじおどおどとしているが、臆病な態度の端々に鋭い警戒心が見え隠れしている。存外ただの臆病でもないは、傍に置いていても邪魔にはなるまい。義勇や錆兎たちに近いからか、傷痕の多さに物怖じしないところも好ましく思えた。そうした後付けの理由をいくら並べたところで、結局は一目惚れである。容姿か、雰囲気か、何が琴線に触れたのかはっきりとはわからない。それでも、この情動は確かなものだと思えた。
「わ、私は、その……」
「断るつもりなんだろォ」
「……ッ、はい……」
「待ってやるよォ」
「……?」
「何年でも、待ってやる」
 の耳元に口を寄せ、「逃げられると思うなァ」と実弥は囁く。真っ赤になって耳を抑えたの手を引いて、実弥は座敷へと戻るのだった。
 
190911
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