「お見合い、どうだった?」
「へあっ」
 産屋敷の部下に車で送られて帰って来たを迎えた真菰は、ふわふわとした笑みを浮かべてに問う。どこかぼーっとしていた様子のは奇声を上げて肩を揺らし、真菰はくすくすと笑った。
「く、葛切り、おいしかったです……」
はまだ、花より団子だね」
「お、お茶もおいしかったです、」
「うんうん」
「おはぎにも合うだろうなって思ったら、実弥さんも、おはぎが好きらしくて」
「……うん?」
 妹分の微笑ましい話に頷いていた真菰は、その口から出た名前に笑顔のまま首を傾げる。『実弥さん』とは、今日のの見合い相手だったはずだ。けれどは初対面の異性を下の名前で呼べるような性格ではない。さり気なくそれを尋ねてみれば、は顔を赤くしてわたわたと手を動かした。
「そ、その、弟さん……不死川さんが二人いるので、名字で呼ばれたくないんだそうです、」
「そっかあ」
 確か、錆兎から聞いた話では実弥は弟のことをあまり話したがらないとのことだ。意外と突っ込んだ話までしている上に、呼び名を訂正させたということはこれからもと話す機会を持ちたがっているということだろうか。お互い一度会って終わりのつもりだったはずだが、予想外の方向に話が転がったらしい。人に怯えるには珍しく、会話ができるほどには打ち解けたようだった。とはいえ本人は確固とした優先順位を持っており、「次」は無いものと思っているようだが。面白くなさそうなのは真菰たちの後ろで何とも言えない渋面を作っている兄馬鹿二人である。これは拗ねると面倒くさそうだなと判じた真菰は、「せっかくおめかししたし、見せてくるといいと思うよ」と二人に向けての背を押す。おずおずと義勇たちの反応を窺うにそれぞれ「らしい」反応を返した二人は、ひとまず不機嫌を収めたように見えた。

「お嬢様学校じゃねえかよォ」
「きょ、共学です、よ……」
「気にすんのはそこかァ?」
 翌日を迎えに行った二人が見たものは、に言い寄っている(ように彼らには見えた)実弥の姿だった。黒のシャツに、白いベスト。身なりこそ小綺麗だが、その胸元はこれでもかというほどに露出している。険しい風貌や傷の多さも相俟って、どう好意的に見ても一般人には見えない(なお、彼らは自分たちも似たようなものであることを自覚していない)。仕事で顔を合わせたこともあるが、今の彼らにとっては妹分に言い寄る不埒な男でしかなかった。セーラーワンピースの制服に指定のベレー帽が似合うはどこからどう見ても良家の善良な令嬢である(彼らの主観に拠る)し、どこに出しても恥ずかしくないチンピラ(やはり彼らの主観に拠る)の不死川実弥はそんなを誑かそうとしているようにしか見えない。
「鱗滝さんたちが、良い学校に通わせて、くれている、ので……そこは、否定したくない、です」
「……テメェは妙なところで律儀だなァ」
 呆れと感心が半々といった様子の実弥と、思わず目頭を抑えそうになる義勇と錆兎。は決して勉学に秀でてはいないが、「みんなが通わせてくれている学校だから」と一生懸命努力を続けている。お嬢様学校と揶揄されても照れからそれを否定することなく、「家族の支えで良い学校に通っている」と言える純粋さがの良いところなのだと、兄馬鹿二人は感動を噛み締めていた。なお、どう見ても不審人物である二人及びカツアゲの現場のような実弥とは下校中の生徒たちに完全にスルーされている。の家が「そっち系」であることも、強面の「お兄さんたち」が一般人の生徒たちには何もしないことも、中高一貫校であるこの学校ではすっかり知れ渡っていた。
「テメェはお嬢様って柄じゃねェな、箱入り娘」
 なるほど言い得て妙だと、義勇と錆兎は顔を見合わせた。は鱗滝の組に大事にされて育ってきた愛娘だが、深窓の令嬢という言葉はどうにもしっくり来ない。所作や言動に問題があるわけではなく、何となくそういった柄ではないのだ。義勇のジャージばかりを私服にしていたところや、捨てられた仔犬のようだった姿を見ているせいか、貴族的なイメージはには似合わないのだ。言うなればやはり、箱入り娘なのだろう。自分の育った家と外界のズレに傷つかぬように、真綿でくるまれた上に大事に箱に仕舞われてきた。汚れた世界から隔絶して、いつでも戻れるようにと。実弥の言葉に妙に納得してしまっていた二人だったが、が二人に気付いて声をかけたことでハッと我に返って駆け寄った。
「錆兎さん、義勇さん」
「忘れ物はないか、
「どこか寄りたい場所はあるか?」
 ずいずいとに詰め寄る兄馬鹿ふたりに押し退けられた実弥は、苛立ちを露わにしつつも同時にドン引きした様子も見せる。普段は澄ました顔で感情の揺れを見せない義勇と錆兎が少女ひとりを相手に相好を崩しているのを目にして、拒否反応を示したようだった。
「何なんだよテメェらはよォ……」
「それは俺たちが言いたい」
「どうして不死川がここにいるんだ、のストーカーはやめてくれないか」
「ストーカー呼ばわりたぁいい度胸だなァ……」
 ビキビキとこめかみに血管を浮き上がらせる実弥からの姿を隠すように、鍛えられた体つきの男ふたりが立ち塞がる。ぴょこぴょこと飛び跳ねて何か訴えかけようとするだったが、振り向きもせずに的確に優しく頭を押さえつけた錆兎の手によって「むが」と間抜けな声を上げた。
「怖かったな、
「不審者に絡まれたらすぐ電話していいんだぞ」
「言いたい放題かよ」
「あの、義勇さん、錆兎さん、違うんです」
 錆兎の手にしがみついたが、つんつんと必死に義勇の背中をつついて注意を惹く。極悪人のような形相の実弥に怯えながらも、客人に対する不審者の汚名を晴らすべくぱたぱたと腕を広げて訴えた。
「鱗滝さんから、連絡が来てて、その、えっと、」
「テメェは説明が下手だろォ、携帯見せたほうが早ェ」
 わたわたとしどろもどろに言葉を紡ぐに、口調こそ乱暴なものの実弥がフォローを入れる。慌てるの説明が要領を得ないのはいつものことだから落ち着かせてから話を聞こうとしていた義勇たちは、まるでのことをわかっているかのような実弥の言葉にぴくりと眉を動かした。ごそごそと鞄からスマホを取り出して鱗滝からのメッセージを表示させるの横で、義勇たちの纏う空気が急速に冷え込んでいく。最早殺気と呼んでも過言ではないそれに気付かず平気な顔をしているのは、自分に向けられたものではないからなのか、単に鈍いのか。慣れているのもあるかもしれないが、変なところで肝が太いビビりだと実弥は呆れ半分感心半分にを見下ろした。
「あっ、これです、鱗滝さんから」
「…………」
 実弥への威圧は引っ込めないまま、義勇と錆兎がのスマホを覗き込む。実弥が産屋敷から伝えられたのと同じ話が、そこには書いてあるはずだ。
「……は?」
 には普段決して聞かせないような険しい声を上げたのは、果たしてどちらだったか。おろおろとするからスマホをそっと取り上げた錆兎は、速読した文章を読み直すようにじっと目を眇めた。何度読み返しても同じことだと、実弥は思うのだが。ゆっくりと顔を上げた義勇が、相変わらず底の読めない目でじとりと実弥を見遣る。そんな目で見られたところで痛くも痒くもないと、実弥は挑発的に肩をすくめた。
「『お義父さん』に御挨拶に行くんだよォ。お館様から話は通ってる」
 結婚を前提とした同棲の提案と、そのための養父との協議。を迎えに来たのは、ついでの顔見せといったところだ。何しろ妹馬鹿と評判の『お義兄さん』たちにも、話を通さなければならないのだから。
「……話はわかった」
「ああ、理解した」
 不穏な光の宿った目で、錆兎と義勇が頷いた。それぞれにの手を取って、迎えの車へと歩いていく。狼狽えるがちらちらと実弥を振り返っていたが、実弥はけろっとした顔で黙ってついて行った。このくらいの洗礼は予想の範疇だ。絶対に手放す気のないであろう義勇と錆兎から、箱入り娘を掠め取ろうとしているのだから。停めさせていた自分の車を呼んで、「次ィ行くぞ」と告げる。下手をしたら玄関先で兄貴分二人と殴り合いになるかもしれないなと、ゴキゴキ拳を鳴らしながら開戦に備えるのだった。
 
200131
BACK