「今日、義勇さまのお誕生日なんです」
「あら、おめでとうございます冨岡さん。 ……冨岡さんどうしたんですか? 顔面でもぶつけました?」
「…………」
 乏しい表情筋をめいっぱいにこにこと嬉しそうに緩ませて、しのぶに報告してきた。その微笑ましさにつられて笑みを浮かべながらも、義勇の様子に首を傾げた。の肩に掴まり、もう片方の手で顔を覆って俯いている義勇。どこか痛めたのかと訊けば、義勇は俯いたまま首を横に振る。
「……が、会う者全員に俺の誕生日だと言って回る……」
「あら、それは……」
 冨岡さんにも羞恥という感情は備わっていたんですねと、中々に失礼な言葉が口をつきそうになったのを笑みで誤魔化す。結局満更でもなさそうな顔をしているのだから、義勇も喜んではいるのだろうけれど。これ以上幸せなことないとでもいうかのようににこにこと笑うは、なんと伊黒や実弥に対しても「今日は義勇さまの誕生日なんです」をやってきたらしい。しかもあの二人からも、ひねくれた言葉ではあるものの義勇への祝いを引き出したのだそうだ。確かにこの笑顔には抗いがたいだろうと、しのぶは思う。義勇が生まれてきたことを、世界でいちばんの幸福だと心底思っている優しくて眩しくて純粋な笑顔。誰かの生をこんなにも尊く愛おしく祝福する生きものを、誰が無下に扱えよう。しのぶに祝ってもらって満足したらしいが義勇に肩を掴まれたまま、またどこかへと歩いて行く。微笑ましい姿に、しのぶは目を細めた。

「義勇さま、お誕生日おめでとうございます」
「ああ」
 もう、何度めになるだろうか。は何度も、義勇が愛おしくてたまらないというような目を向けて。何よりも特別な言葉を大切に拾い上げるように、義勇を言祝ぐから。少しばかり気恥しいし、誕生日をそれほど大したものではないと思っていた義勇も、耳を赤く染めながらも柔らかい笑みを浮かべて頷いた。まるで、世界でいちばん尊いもののようには義勇を扱う。自らの全ての幸福の在り処は義勇にあるのだと、全身で訴える。昨日から用意してくれていた精一杯のご馳走も、差し出された新しい髪紐も、会う者皆に義勇の誕生日を嬉しそうに告げるのも。自身にさして頓着しない義勇の分まで、義勇を愛しているのだとの表情や一挙一動の全てから伝わってくる。
「……ありがとう、
「義勇さまも……生まれてきてくれて、ありがとうございます」
 生まれてきてくれてありがとう。生きていてくれてありがとう。の無垢な感謝は、少しだけ苦しくて、切なくて。義勇のすべてを肯定しようとするその愛は重いのかもしれないが、その重さに救われている。生きていていいのだと、生きていてほしいと、義勇をこの世に繋ぎ止める足枷。息が詰まるほどのの愛に、溺れることを是としていた。
 
200209
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