「誕生日」
「はい、義勇さまのお誕生日です……!」
 出会い頭に心底どうでもいい情報を寄越してきたは、真顔で復唱した実弥にどこか得意気な顔で頷いた。けれど実弥がその単語を口にしたのは、の後ろで照れているらしい男のためではない。そんなものは本当に心底どうでもいい。いそいそと実弥が義勇を祝う言葉を待っている馬鹿な女の額を、ビシッと指で弾いた。
「いたっ」
「テメェのは」
「……?」
「テメェの誕生日とやらはいつなんだよォ」
 義勇の誕生日など、実弥にとってはどうでもいいのだ。この女が大切に思うのなら、まあ尊重はしてやるか。そのくらいの認識である。弾かれた額を抑えたは、ぽかんとした顔で実弥を見上げていた。育手に拾われるまでの記憶がないというだが、出生が不明な者が拾われた日を誕生日にしている話はよく聞く。にもそういった日があるのだろう。「自分の誕生日のことなど聞かれて初めて思い出した」とでも言いたげな表情に、嫌な予感はしていたのだが。
「……あっ、今日です」
「ああ゛?」
は誕生日がわからないから、俺と同じ日に祝っている」
「自分の分も主張しろや、テメェはよォ……!!」
 どうして義勇の誕生日はあれだけ満面の笑顔で主張しておいて、自分のことはついでのように言うのか。義勇主義にもほどがあるだろうと、実弥はビキビキと血管を浮き立たせた。
「わっ、」
 ガシッとの頭を掴んで、わしわしと乱暴に髪をかき回す。ぐりんぐりんとされるがままに首が回って、戸惑いながらもどこか嬉しそうに目を細める。二月八日。誕生日を同じ日にするくらい、この女が大切にしている男の生まれた日。そして、この女が生まれてきたことを感謝できる日。はァ、と実弥は血管の浮き立つこめかみを抑える。唸るような声で、不承不承二人まとめて祝ってやった。

 同じ日を誕生日にしよう。そう言ってくれたのは、義勇だった。誕生日という習慣を知らなかったが、蜜璃に誕生日を訊ねられて不思議そうに義勇に問うた日のことだ。自身が生きていることを許せずにいた義勇が、生まれてきたことを感謝する日をに預けた。その時はただ、義勇と同じということばかりが嬉しくて。何かを堪えるように俯いた義勇は、に祝福を託した。自分に与えられるべきではないそれらが、せめてに与えられるようにと。けれどは嬉しそうに蜜璃に誕生日を報告したものの、毎年義勇のことをめいっぱい祝うのだ。が祝われてくれれば、それで良かったのに。
「……
 膳を片付けるの手を取って、柔く握り締める。
「ありがとう」
 生まれてきてくれて。ここにいてくれて。生きていてくれて。生きていていいと、教え続けてくれて。たくさんの意味が重なった「ありがとう」を、に伝える。幸せそうに顔を綻ばせたの耳元で、藤の髪飾りが揺れた。
 
200209
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