「…………」
行きつけの茶屋の帰り道、実弥はの姿を見つけて立ち止まる。道端にしゃがみこんでいる格好に、具合でも悪いのかと一瞬焦ったが。その柔らかい表情に、違うのだとすぐ気付く。実弥の存在に気付けばその表情は壊れてしまうのだろうと、面白くもない自覚があるから気配を隠して木にもたれかかった。この距離でも、実弥の目には十分すぎる。
「……?」
蟻の巣でも見ているのか、と思ったが。妙な影のちらつきに、実弥は片眉を上げて目を凝らす。の見つめる先の地面で、ただ影だけがゆらゆらと揺らいでいた。
――海月。
街中の、水辺も何も無い道端。そんなところで、海月が地面の上を舞うように漂っている。実弥には、その影しか見えないが。きっとの目には、宙を漂う海月が鮮やかに映っているのだろう。陽の光に透ける、淡い白の輪郭も。透明な肉の体を鮮やかに彩る、朱や黄色の模様も。ひらひらと靡く羽衣のような触腕も、くっきりと。
弟も、そういう人間だった。実弥の知らない世界を知っている。実弥とは違うものを見ている。実弥もまた、弟とは違う世界を見ていた。幼い頃はよく、そうした「変なもの」を指さしてはお互いに見える世界を教え合った。今はもう、実弥が「あちら」の世界を垣間見る機会は失われていたけれど。
ちんまりとした背中と、地面に踊る影。同じ世界ではない、けれど。重なっては、いる。ゆらゆらと静かに漂う影を、実弥はしばらくそこで眺めていたのだった。
200225