(どうしよう、どうしよう……!)
神崎アオイは、途方に暮れていた。少し離れた町に、薬の材料を買い求めに行くだけだったのに。一本道のはずの雑木林で迷ってしまい、もうずっとぐるぐると同じような景色の中で歩き続けている。薄ぼんやりとした沈みかけの夕陽が、怖くなるほど長く空のふちに居座っていて。早く帰らなければ、夜になってしまう。この辺りで鬼が出たという話は聞かないが、鬼殺隊に属する者ならば誰だって夜を警戒する。それに、ぼんやりとした夕日のせいか景色の輪郭がやけに滲んで見えて。迷うはずがないのに、そう広い林ではないはずなのに。焦りと心細さが、次第に恐れへと膨らんでいった。
歩いても歩いても、林から抜けられない。戻ろうにも、自分がどこをどう歩いてきたのかわからなくて戻れない。さざめくような草木の揺れる音が、まるでくすくすと笑っているように聞こえて。夕日に溶ける影の中で、誰かがアオイを見ているような、そんな錯覚さえ抱いた。
(泣いちゃダメ、こんなことで、こんなことくらいで)
気丈を装って、ぎゅっと唇を噛み締める。ただでさえ、臆病という自覚があるのに。鬼との邂逅でも何でもない、ただの迷子の心細さに泣いてしまってはいよいよ情けない。そう自分に言い聞かせて俯きかけた顔を上げたアオイは、すぐ近くの茂みからガサリと聞こえた音に心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「……あ、」
ひゅっと、喉が音を立てたけれど。ひょこっと顔を出したのは、アオイの友人であるで。思わぬところで思わぬ人物と出会った驚きで、胸の内に膨れ上がった恐怖が空気の抜けた風船のように萎んでいく。どこをどう通ってきたのか、葉っぱだらけの頭をぷるぷると振ったは、へたりと座り込んだアオイにそっと手を差し出した。
「……?」
「うん、帰ろう、アオイちゃん」
傷だらけの手を取って、どうにか立ち上がる。人に出会えた安心が嘘ではないことを確かめるように、まじまじとを見つめてしまう。思わずの手を握り返す手に力がこもったが、はいつもの涼やかな表情で「荷物、半分持つよ」ともう片方の手を差し出してくれた。
「う、うん……」
「カナヲちゃんも、しのぶ様も、みんな待ってる」
「うん……」
気の抜けた返事もまるで気にした様子もなく、はアオイの手を引いてぽてぽてと歩いていく。あれほど長かった雑木林は、あっという間に抜けてしまった。辺りはすっかり暗くなっていて、けれどアオイを安心させるようにぎゅ、と握られた手の温かさのおかげで泣きたくなるような怖さはない。段々と落ち着いてきたアオイは、隣を歩くをおずおずと窺った。
「……あのね、」
「うん」
「ありがとう……」
「……うん」
その目元が、少しだけ柔らかい輪郭を描く。よかった、との安堵をその目元が語っていた。の前では、強がらなくていい。同じ臆病同士なのに、それでもは戦えるのに、不思議とはアオイに劣等感を抱かせなかった。素直に溢れ出た感謝の言葉に、は頷いて。おもむろに、さっきの雑木林を振り返った。
――おどかしちゃだめ。
アオイが見つめる横で、その口元が声もなく動いて。「なにか」を窘める言葉を、小さな唇が紡いだ気がした。
200226