「猫よ」
事もなげに、あっさりと事実を伝えた養護教諭のカナエ。保健室のベッドをひとつ占拠した二人、否、二匹の姿に、実弥は理解を放棄した。「派手に面白いもんが見られるぜ」という宇髄の言葉に、保健室を訪れたものの。シーツの上で気持ち良さそうに眠っているのは、二匹の猫のような生物だった。片方はいけ好かない体育教師にそっくりで、もう片方は実弥の心を騒がせる少女にとてもよく似ていて。
「……食いもんは猫缶でいいのかァ」
「人間が食べても大丈夫らしいから、いいんじゃないかしら」
色々と思考を放棄した実弥の問いに、カナエはあっさりと頷く。まず聞くことがそれでいいのかだとか、カナエの返答も案外適当ではないかだとか。そんなことを突っ込む人間は、今ここには存在しなかった。「わかった」と頷いた実弥は、ひょいっとの姿をした猫を持ち上げる。「あら?」と首を傾げるカナエの前で、実弥はそのまま猫のを連れて去ろうとした。
「あらあら?」
「冨岡がアレならこいつの面倒見れねェだろォ」
「誘拐はやめた方がいいと思うわ」
「保護だろォ」
にょーん、と実弥に抱えられて軟体動物のごとく伸びているは、こんな状況下でものんびりと眠っている。を抱えて帰ろうとする実弥と、やんわりとそれを阻止するカナエ。そのやり取りが耳についたのか、猫の義勇がのそのそと動き出して。重たげにゆっくりと開いた瞼の奥で、その目がの姿を探すように動く。隣にいたはずのがいないことに気付いた義勇は、寝起きとは思えない俊敏さで起き上がって。実弥の腕にぷらーんと吊られているの姿に、じとりとした目を向けた。
「…………」
「文句あんのかよォ」
ごろろろ、と低く唸る義勇。それを鼻で笑った実弥に、義勇は即座に飛びかかる。幾度かの衝突と交錯の末に、義勇がの首根っこを咥えて奪い取った。はといえば、相変わらず呑気にむにゃむにゃと眠っている。
「チッ……」
(不死川くん、猫にも本気で対応するのね……)
をベッドに戻した義勇が、その前に立ち塞がってシャーッと威嚇する。全身の毛を逆立ててを守ろうとする義勇を前に、実弥は舌打ちをした。その様子を見ながら、カナエはのんびりとお茶を飲んでいる。
「……?」
あれだけの攻防の渦中でさえ呑気に寝ていたが、ぱちぱちと目を瞬いてようやく目を覚ました。うとうととしながらも、義勇の姿を見つけてぽてりぽてりと近寄っていく。が傍に来ると義勇は戸惑ったように振り返り、まだ寝ていろとでも言うかのようにその腹をぐいぐいと鼻先で押す。気持ち良さそうにごろごろと鳴いたは、義勇の腹に頭を埋めてすりすりと擦り寄って。決してじゃれついたわけではなかった義勇は実弥をちらちらと気にしながらも邪険にできず、身を寄せると鼻先を擦り合わせる。
「…………」
仲睦まじい二匹を見て、ゴソゴソとポケットを漁る実弥。宇髄から渡されていた「それ」を取り出し、の鼻先で振った。
(猫じゃらし……)
カナエが見守る中、ぴく、と顔を上げて実弥の手元で揺れる猫じゃらしに反応する。その目は興味津々といった様子で実弥の持つ猫じゃらしを見つめていた。ゆらゆらと右へ左へ揺れる猫じゃらしに、の視線もつられて動く。窘めるような義勇の視線に、ハッとした様子で首を振るものの。鼻先に猫じゃらしを近付けられ、誘うようにまたゆらゆらと揺らされる。その手がとうとう、そわ、と動いて。猫の本能には抗えなかったのか、柔らかな肉球がたしっと床を叩いた。てしてしと、猫じゃらしを追っての手が元気に動く。フンと満足気に鼻を鳴らす実弥と、どこか面白くなさそうな目をする義勇。ひとしきりとじゃれて満足したのか、実弥は猫じゃらしをしまって名残惜しそうなに指を伸ばす。案外警戒もなく見つめてくるの顎の下を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「…………」
どことなく、実弥の背後に花が飛んでいるような雰囲気にカナエは微笑ましげな目を向ける。ふにふにと肉球に触れても嫌そうな顔をせず幸せそうに表情を緩めるに、実弥は安心したようだった。が実弥に懐いているのが面白くない義勇が、ぺろぺろとの背や首を舐めて毛繕いをする。それに目を細めて義勇の喉元を舐め返すに一瞬実弥が険しい目をしたが、に肉球をてちてちと押し付けられて目元を和らげた。なお、実弥は今の自分たちの光景こそが「面白いもの」として宇髄たちに覗き見られていることを知らない。数分後にはそれに気付いた実弥が恐ろしい形相で宇髄たちを追いかけ始めるのだが、そこはそれ。ひと時の平和な時間が、キメツ学園の保健室で流れていたのだった。
200227
私が描き終わるまでが猫の日だ。
ひいらぎさんからいただいたハイパー尊いイラストに感謝を込めて。