「義勇さま、その、ええと……」
「……嫌か?」
「嫌では、ないです……! でも、」
 びっくりしてしまって、と俯くの顎に手をかけて、義勇はの顔を上げさせた。「お前が綺麗だと言ってくれたから」と言って顔を近付ける義勇に、は真っ赤になって狼狽える。こんなに積極的な人だったのかと、箍の外れた愛情表現にたじろいでいた。
「あの、義勇さまがお綺麗すぎて、心臓、止まっちゃいます……」
「止まったら蘇生させるから、問題ない」
「ひえっ……」
 渡津海には人間の知らない秘薬や宝物がたくさんあるけれど、止まった心臓を動かす薬すらあるらしい。事もなげに言っての頬を撫でた義勇に、海神の宮は本当にすごいところなのだなあと現実逃避のように思う。思いが通じ合って一切の遠慮を捨てた義勇との距離はすっかりなくなって、愛おしさを隠すこともなく見つめられて顔が熱くなる。初めて共にする閨の中で、義勇はただ可愛い可愛いと慈しむように撫でて抱き締めてくれて、それだけでもうの胸はいっぱいいっぱいで破れてしまいそうだ。ほんの少し聞き齧った行為に、果たして自分の心臓は保ってくれるだろうか。恥じらいながらも義勇を頼りとして縋るに、愛らしいことだと義勇は目を細めた。
「夜は長い。語らう時間はいくらでもある」
「は、はいッ……」
「子は何人欲しい、
「はい……!?」
 ぼっと火のついたように真っ赤に染まった頬を両手で包んで、義勇は優しい目でを見下ろす。「俺は二人姉弟だが、」と親指の腹での頬をすりすりと撫でながら言った。
「子沢山でも、賑やかでいいと思う」
「そ、そうですね……?」
「お前は幼いから、まだ考えられないのならそれでも構わない」
 いくらでも時間はあるから、その気になるまでゆっくり待つと。そう続けた義勇の目は、和邇などよりもよほど鋭くて熱い光を帯びて輝いていた。ぴゃっと妙な声を上げて縮こまるを、義勇の手が優しく撫でる。ただ慈しむその手に、未知の行為に緊張していたも体の強ばりを解いて。義勇に身を委ねて頬を擦り寄せると、ふっと息を吐くように笑って抱き寄せてくれる。大きな手が頬や腰を撫でていくことに、恐怖はなくむしろ安心が勝ったけれど。頬に唇を寄せられただけで天が落ちてきたように驚いてしまうに、義勇はただただ優しく触れてくれて。
「お前は知らないか」
「……?」
「俺たちの言うところの初夜は、数日間続く」
「えっ、あ、」
「数日はこの部屋に籠ることになるが……無理強いはしない」
「は、はい……」
 義勇の腕の中で、は身を縮める。それは、義勇の言葉が意味するところは、数日間に渡ってその、そういう行為をするということで。けれど、心の準備ができてからで構わないと義勇は言う。必ずしも初夜を全うする必要はないと。この数日間で互いへの理解と愛情をゆっくり深めていけばいいと、背中を撫でながら義勇は耳元で囁く。
「お前は綺麗だ」
 あの日とはまるで違う響きを伴って、その声は耳に届いた。ありったけの愛おしさを込めて、の名を呼んでくれる。
「……
「ぎ、義勇さま……」
 ひしっと義勇の胸に抱き着いて、せめてもの慕わしさを込める。いっそ頭のてっぺんからつま先まで、差し出してしまった方が楽になれる気がする。それほどまでに義勇の優しさは、想いは、深くて溺れそうで。のためと思えばその命すら手にかけることを躊躇わないひとなのだったと、改めて思い知らされる。義勇は本当に、待ってくれるのだろう。が待ってほしいと望めば、いくらでも。義勇の寛容に甘えてしまって、いいのだろうか。永きを生きる海神の公子にしてみれば、の小さな覚悟が決まるのを待つことなど、戯れのようなものなのかもしれない。今更ながらに、海神の公子と終生の誓いを結ぶということの重さを実感するけれど。この人の腕の中にいれば大丈夫だという安心感が、全身を包む。綺麗で、優しくて、温かい。との婚姻が、小鳥を飼うような戯れだとしても。それでもいいと、愛玩を甘受できる。
「義勇さま、その……」
「ああ」
「お慕い申して、おります」
 鳥が飼い主の手を啄むように、犬が飼い主の手に鼻先を擦り寄せるように。義勇の胸に顔を埋めて、頬擦りをする。「幸せです」と囁くように言えば、義勇は存外優しく笑ってくれたのだった。
 
200312
蛇のセッって数日間に渡るんだよなって思いながら。
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