「!」
錆兎には、という幼馴染がいる。見るからに弱そうで、ぽやんとしていて。口数が少なく、引っ込み思案で大人しい。いじめてくださいと言わんばかりの、おどおどした態度。可愛らしい見た目に妙な被虐性も相まって、はよく心無い子どもに絡まれていた。
「を虐めるなと言っただろう! お前たちはそれでも男か!」
錆兎が来ると、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。公園を引きずり回されていたは、ぺたんと地面に座り込んでいて。ぼさぼさになった髪もそのままにぽかんと見上げてくる幼馴染に、躊躇いなく手を差し出した。
「立てるか、」
「う、うん……ごめんね、錆兎くん」
「こういう時はありがとうと言うんだ」
錆兎の幼馴染は、可愛らしい。可愛らしくてよく虐められていて、時折不審者にも付け回される。元は警戒心も強く反撃だって躊躇わないところがあるのに、保護者の義勇に迷惑がかかることを恐れて誰かに手を上げることを我慢してしまう、そんな臆病者だ。けれど、錆兎にもその気持ちはわかる。鱗滝は錆兎の強い正義感を折ることなく育ててくれたが、はまだ義勇と築いた日々が浅いから怖いのだろう。たった一人、自分を見つけてくれた人に捨てられるのが怖い。それが馬鹿な考えだと気付くには、まだ時間が足りない。だから、それまでは錆兎が守ってやるのだ。可愛らしくて弱虫な幼馴染の女の子を、錆兎が守る。それでいいと、思っていた。
には、錆兎という幼馴染がいる。勇ましい黒のランドセルと、仁王立ちが良く似合う。正義感が強くて、いじめられっ子のをいつも助けに来てくれた。連れ去りに遭いかけたときには、不審者に飛び膝蹴りをお見舞いして。特撮番組のヒーローを指差して「錆兎くんみたい」と言ったに、義勇は妙な顔をしたものだった。
「……、そうか、中学生か」
セーラー服を着たを見て、いつものように迎えに来てくれた錆兎は一瞬言葉を失っていた。は背が小さくて体つきも貧相だから、錆兎も同い年のように思っていたのだろう。この頃になると周りの男の子もを虐めるのに飽きてきて、最近ではほとんど虐められなくなった。もっともそれが思春期を迎えて女の子として意識されているのだと、は気付いていないけれど。昔からを可愛いと思っていた錆兎は、今更周囲の男子がを見て顔を赤らめるのが面白くない。とはいえは身内以外の男とはまともに話せないから、別段嫉妬をするような機会もないのだけれど。ランドセルを背負ったままの自分が、いつものように手を繋ぐのがほんの少し躊躇われて。けれど、は少しの躊躇もなく錆兎の手を握った。
「あのね、錆兎くん」
「何だ?」
「制服、どうかなあ……変じゃ、ないかな?」
「似合っている。可愛らしい」
「あ、ありがとう……」
この数年で、という幼馴染の女の子は少しばかり強くなった。虐めや揶揄には毅然とした態度で対応するようになったし、錆兎や大人たちに助けを求めることもできるようになった。ごめんなさいばかりではなくてありがとうも言えるようになったし、義勇とはすっかり家族になれている。それでも、まだまだ守ってやらなくてはと錆兎は思う。は臆病で、どこかぽやんと抜けていて、妙に虐めたくなるところがあるから。きっと、一生この可愛い女の子を守っていてあげたいのだろう。そう気付くくらいには、錆兎は自分の気持ちと向き合えていた。
(早く同じ制服になりたい)
年のわりに達観したところのある錆兎だが、そんなことを思うくらいには子どもで。幼馴染の可愛くてちょっと抜けているお姉さんに、早く追いつきたい。詮無いことだとはわかっているが、それでもセーラー服の隣にランドセルではどうにも格好がつかないのだ。真菰と同じ目を向けられて、同じ優しさで頭を撫でられるのは悪くはないけれど。どちらかと言うと錆兎は、の頭を撫でたいのだ。義勇がそうしたときのように、その頭を撫でて頬を赤く染めさせたい。今日もよく食べてよく動いてよく寝ようと、錆兎は改めて決意したのだった。
200312