「あ、あの、義勇さん……」
「どうした」
「きのう、エイプリルフール、でした……」
「? ああ」
 どこかしゅんと落ち込んだ様子で俯くに、義勇は首を傾げる。果たしてエイプリルフールとは、こんなに深刻な顔をするようなイベントだっただろうか。義勇の疑問に答えるように、はおずおずと口を開いた。
「私、楽しい嘘、思い浮かばなくて……」
 なるほど、と義勇は頷く。義勇もあまり人のことは言えないが、は冗談を言って笑い合うような催しにはあまり向いていない。けれどそうした催し事が決して嫌いなわけではなく、むしろ義勇と一緒に楽しみたいと思っているから、気の利いた嘘のひとつも思いつかなかったことが残念だったのだろう。義勇があまりにも自身の楽しみに無頓着でいるせいで、は義勇に楽しさや嬉しさを与えることを自分の義務と思っている節がある。忸怩たる思い、というのがまさにの表情を表すのに的確だった。
、今日は雨だ」
 唐突な義勇の言葉に、はきょとんと首を傾げる。窓の外は雨が鼻で笑うほどの快晴で、つまるところ義勇の言葉は嘘だ。しばしきょとんとしていたは、ハッと何かに気付いたような顔をするとぱあっと顔を輝かせた。
「は、はい、今日は雨です……!」
「そうだな。雨だから、今日は洗濯も走り込みも休みだ」
 の手を引いて、台所へと向かう。のお気に入りの羊羹を出して切り分ける横で、はいそいそとお茶の用意を始めた。わかりやすくはしゃいでいるを、可愛いと思う。がこうして義勇との毎日を幸せで彩ろうとしてくれるから、こんなにも胸が温かい。
「今日は、来年の嘘を考えよう」
「はい、義勇さん」
 少し、気が早いだろうか。来年の話をすると鬼が笑うとも、言うけれど。も義勇も誰かを笑わせられるような嘘を考えるのは得意ではないから、ふたりで一緒に悩むとしよう。だから今日は、義勇とだけの嘘の日だ。一日遅れの、エイプリルフール。楽しそうに頷いたを見て、義勇も目元を和らげたのだった。
 
200402
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