「大佐、お願い申し上げたいことがあるのですが……」
 朝食を終えて、庁舎で預かった書類を抱えて白兵科の隊長室へと出勤して。朝の挨拶や今日の予定の確認などを一通り終えた後にがおずおずと切り出すと、義勇はぱちりと目を瞬いて「何だ」と発言を許してくれた。合同訓練だけにでも顔を出してもらえないだろうかとが言うと、その柳眉が怪訝そうに寄せられる。やはり余計な口出しだっただろうかとがおろおろしていると、ややあって義勇は「わかった」とあっさり頷く。良くて理由を問われた上で断られるか、悪ければにべもなく断られるかと思っていたはそのあまりにもあっさりとした返事にぽかんと口を開けた。ハッとして背筋を正すが、思わず「よろしいのですか……?」と確認してしまう。の間抜けな顔を見下ろした義勇は、分厚い書類の山をの腕から取り上げて頷いた。
「お前が俺に意見するのなら、何か理由があるんだろう」
「……不死川中佐が、たいへんお怒りでして……」
「そんなところだろうとは思ったが」
 最近は会議のときも、剣呑な視線を向けられていたらしい。板挟みになったを哀れに思って、気が進まないのを承諾してくれたらしかった。義勇は、過去に二度新兵を全力で平手打ちして若い兵たちに恐れられている。一度は昨年、善逸が「その髪は何だ」と訓練開始初っ端に打たれて。もう一度は一昨年、義勇の後ろに控えていたを見てひそひそと下世話な想像を巡らせた新兵が打たれた。善逸は訓練が終わるまで隅に立たされた上に金髪が地毛であることの証明書を提出させられたし、要らぬことを言った新兵は「くだらないことを言うからには、少尉から一本でも取れるんだろうな」と吐くまで銃剣術でと模擬戦をする羽目になった。実弥とは別の意味で若手の兵に近寄りもされないほど恐れられている義勇は、しのぶに「冨岡大佐は若手に嫌われていらっしゃいますから」と言われたことを気にして落ち込んでいて。だから今年はほとんど訓練に顔を出そうとしなかったのだと、は知っていた。善逸のことはともかく、一昨年の件はある意味が原因でもある。だからとしても無理に義勇に訓練を見に行かせるのは気が進まなくて、実弥の依頼にも即座に頷けなかったのだ。今年の初めにほとんど無理やり義勇に訓練を見に行かせたときも、帰ってきた義勇に土下座で謝罪したものだ。上官を部屋から追い出すなどという真似をしたからには切腹も覚悟していたが、「お前は間違ったことをしていない」と義勇は許してくれて。義勇は決して横暴な人ではないし(善逸のことはさすがに可哀想だと思ったが)、部下思いの優しい人だ。新兵たちにも義勇を誤解してほしくないし、義勇を慕う兵が増えたらいいと思う。実弥もきっと義勇を心配してくれているのだろうと、本人が聞けば盛大に顔を顰められそうなことをは思った。
「ありがとうございます、大佐」
「構わない。曹長に、合同訓練は見に行くと伝えておいてくれ」
「承知しました」
 今日の訓練を見に行くときにでも伝えておこうと、は頷く。義勇のために茶を淹れようと隣の給湯室に行こうとして、ふと思い出して振り向いた。
「明後日の式典は礼装でしたよね。火熨斗を当てておきますので、礼装をお預かりしてもよろしいですか」
「ああ、頼む。昼までには出しておく」
「はい」
 忙しいからといって威容を保つことに手を抜く義勇ではないが、毎日遅くまで残っている義勇のすることを少しでも減らしたい。が身の回りの世話を焼こうとするのを、義勇が許容してくれていることがささやかな幸せだった。どこか弾んだ様子で給湯室に向かったを、義勇の視線が見送る。その目元が少し緩んでいることを、も義勇も知らないのだった。
 
200403
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