「……錆兎、視線が痛い」
 目下のところ、最大の恋敵は義勇であった。のありったけの慕情は義勇に向けられているし、義勇もを憎からず思っている。教師という立場はあるものの、義勇はと一緒に暮らしているのだ。の人生を救った恩人にして、毎日を共にする大切な人。そんな存在がの傍にいることに、危機感を覚えないわけがなかった。鱗滝の家にの迎えがてら夕食に招かれた義勇をじっと見つめていると、さすがに見すぎたらしく義勇が眉を下げる。の作った切り干し大根をもくもくと食べる義勇に、錆兎は「すまない」と潔く謝った。
に好かれたいから、に好かれている義勇を観察していた」
「……錆兎はに充分好かれているだろう?」
に恋をされたいんだ。今のままでは足りない」
「そういう話って、本人の前ではしないものだと思うよ?」
 真菰の言葉に、義勇と錆兎は顔を上げる。食事中にそんな話をすれば、食卓にいる皆の注目を集めるのは当然で。話題に挙げられていたは、真っ赤な顔を覆って俯いてしまっている。「どこか具合が悪いのか?」などと首を傾げた義勇に、さすがの鱗滝でさえ苦笑いを浮かべていた。
はね、照れてるんだよ」
「照れているのか」
ははにかみ屋で可愛い」
「錆兎はちょっと口を閉じようね」
 が爆発しちゃう、と真菰がのんびりと窘める。「突然どうした」と鱗滝に尋ねられ、錆兎はハキハキと答えた。
「俺はが好きです」
「そうか……」
と恋愛したいし、将来的には結婚もしたい。けど、も俺を好きじゃないと恋愛も結婚も幸せになれない」
「まあ、そうだな」
「だから、に恋をしてもらう方法を考えている」
が錆兎と恋愛と結婚をするのは決定事項なんだね」
「他に誰がいるんだ」
 いっそ潔いほどの口調で、錆兎はに恋をしてほしい理由をつらつらと並べ立てていく。真菰の隣のは、茹でダコのように真っ赤になっていた。昔から錆兎はを守ってくれたし毎日のように可愛いと言ってくれたが、まさかこんなにもはっきりと恋心を宣言されるとは思っていなかったのだ。幼さと真っ直ぐさが心に同居している錆兎の言葉は、恐ろしいほど深く胸に突き刺さる。告白を通り越した恋の宣言に、はすっかり狼狽えてしまっていた。
「わ、わたしも錆兎くんのこと、好きだよ……?」
「嬉しいが、残念ながらそれは恋じゃない」
「そ、そうなのかな……」
「ああ」
「そうだな」
「うん」
「違っているな」
 錆兎どころか義勇にも真菰にも鱗滝にも「の錆兎への好意は恋ではない」と頷かれ、はしゅんと肩を落とす。はまだ恋というものを知らないし、自分がいつか恋をすることを考えていなかったけれど。それでも幼馴染の優しくて真っ直ぐでかっこいい男の子を、頼りにして慕う気持ちはある。それは恋ではないらしいけれど、いつか恋をする相手として錆兎を見たとき「そんなことはありえない」とも思えなくて。赤い顔のままオロオロするを見て、これは案外脈があるのではないかと真菰は思う。けれど悪意があってのことではないとはいえを困らせている錆兎にそれを素直に告げるのも少し面白くなかったから、真菰はそれを黙って胸の内に仕舞った。
「うん、気長にがんばればいいんじゃないかなあ」
「ああ、がんばる」
が恋愛……」
「俺では不満か、義勇」
「相手の問題じゃないんだ、錆兎」
 鱗滝家の食卓に、ほのぼのと温かい空気が流れる。ひとり可哀想なほど真っ赤になってぷるぷると震えるの背を、鱗滝はぽんぽんと叩いたのだった。
 
200406
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