「行方不明者、ですか」
「ああ」
 朝議から戻ってきた義勇が、を手招いて苦い顔をする。町で若い女性ばかり行方不明者が出ているのだという義勇の言葉に、引っかかりを覚えては首を傾げた。
「確かその事件は、竈門准尉が……」
「ああ、先月竈門が犯人を捕らえた。十六歳までの女性を殺して服飾品を持ち去る、変質者だ」
 だが、と義勇は眉を寄せる。に資料を渡して、指を組んだ。
「憲兵科の調べで、行方不明者の数と犯人の所持していた被害者の持ち物の数が合わないことがわかった。竈門の捕らえた犯人は妙な拘りを持っていて、殺害した一人につき一つ、必ず櫛やら簪やらを奪っていたらしい。そして、殺したのは絶対に『十六歳以下』だと主張している」
「……行方不明者の中に、十六歳以上の女性が何人も……」
「そうだ。おそらく別件だろう」
 炭治郎が落ち込んでいるかもしれないなと頭の片隅で思いつつ、資料を捲る。憲兵科によって新たに作られた行方不明者のリストを見ると、若い女性が多いものの年齢や住んでいる地域に幅がある。重い溜め息を吐いて、義勇はを見た。
「……犯人は、怯えていたそうだ」
「?」
「『組織の餌場を荒らしていたことが知れたら、組織にどんな目に遭わされるかわかったものではない』と。組織が来る前に死刑にしてくれとすら、乞うているそうだ」
「それは……」
「もう一つの事件は、組織が関わっている可能性が高い。調査を……頼めるか、鱗滝少尉」
「はっ、はい!」
 が反射的に命令を承諾すると、義勇は苦々しい顔をする。「ただでさえ人手不足の白兵科から、補佐官のお前を出したくはなかったんだが」と二度目の溜め息を吐いた。
「組織関連の事件という可能性がある以上、担当は士官が望ましい。竈門の捕らえた犯人の件で軍を警戒しているだろうから、ほぼ単独での潜入捜査になる。被害者と同年代の女性士官による、囮捜査が決定したんだが……」
「は、はあ……」
「司令部勤務は除外されるから、胡蝶姉と鱗滝中佐がまず除外。妹の方の胡蝶が名乗りを上げたが、衛生科は軍病院を開放している関係で顔が広く知れているため除外。栗花落中尉、神崎少尉も同様の理由で除外。輜重兵科の甘露寺は……目立つ容姿だということで伊黒直々に担当から外された」
 憲兵科の伊黒中佐が輜重兵科の甘露寺少佐に首ったけというのは、この基地では誰もが知っている事実だ。目立つ容姿云々というのは半分ほど建前で、蜜璃を単独捜査に行かせたくないのだろうと、義勇の苦々しい顔を見ながらはひとり納得した。
「新兵の竈門妹は前回の事件で兄共々面が割れている可能性があるため除外。参謀科の時透や、衛生科の嘴平准尉を女装させるという案すら出たが……」
「…………」
 無一郎にしろ有一郎にしろ、どこか浮世離れした空気を纏っている上、舌剣があまりに鋭い。伊之助は、いささか、ちょっと、少し、正直なところあまりにも、野性的なところがある。一般人ではないと知れるのは時間の問題であろう。そういうわけで、にお鉢が回ってきたらしかった。
「捜査の間は、資料にある住所でひとりで暮らしてもらうことになる。身分も偽名も、書いてあるものを使え」
「了解しました」
「銃も剣も、携行させてやれない。定期報告は一日に一度、鴉を使って行え。身の危険を感じたら、すぐに退け。生きて情報を持ち帰ってくることが、お前の一番の仕事だ」
「……はい」
「貴君の働きに期待している、鱗滝少尉」
「はい!」
 ビシッと敬礼をして、は義勇を真っ直ぐ見返す。義勇のためにも白兵科のためにも、何より市民のために成功させなければいけない捜査だ。軍服にしろ銃にしろ、普段の命を守っている軍の力は無い。きっと無事に成し遂げて帰って来ようと、は資料の中身を頭に叩き込んでいく。準備が出来次第、自宅に帰り私服に着替えて出立するようにとのことだ。しばらくこの部屋には戻って来れないなと、は村田の顔を思い浮かべる。自分がいない間の義勇の世話を頼んでおこうと、村田への手土産を思案した。

「それでは、暫く留守にします。父さん」
「ああ、気をつけてな」
 着物に袴という、どこにでもいそうな町娘の格好に着替えて玄関先で鱗滝に挨拶をする。しばらく任務で留守にすると伝えただけで、内容は父にも話せない。鱗滝もそれは理解しているから、心配はしつつも任務については問わない。「何かあれば義勇に伝えればいいんだな?」と尋ねる鱗滝に頷いて、小さな鞄を持った。軍が非公式に所有している下宿の一室に、今日から寝泊まりすることになる。皺だらけの大きな手が、の頭を優しく撫でてくれた。
「お前は自分で思っているよりも、ずっと賢くて強い子だ。どんな任務であろうと、きっとやり遂げることができるはずだ」
「……ありがとうございます」
「自分を信じなさい、。だが、自分の身は大切にな」
「はい、父さん。がんばります」
「――何だ、。どこかに行くのか」
「お帰りなさい、錆兎兄さん」
 がらりと玄関が開いて、帰ってきた錆兎がの姿に首を傾げる。鱗滝とに帰宅の挨拶をした錆兎は、「残念だな」と手元を見下ろした。
「副司令が、饅頭を分けてくださったんだが。の分は取っておく」
「……いえ、真菰姉さんと分けてしまってください」
「戻りがわからないのか」
 驚いたように、錆兎が目を丸くする。義勇の補佐官ということもあり、はあまり白兵科を離れないから意外だったのだろう。今までも夜に出かけることなどほとんどなく、内密でのお使いだとかその程度だったのだ。鞄とを見比べて申し訳なさそうにする錆兎に、は眉を下げて笑う。
「急ぎなのか?」
「いえ、あまり遅くならないうちに出ようかとは思っていますが」
「そうか。ならの分を包もう、少し待っていてくれ」
「あっ、兄さん、自分で……」
「もう長靴ブーツを履いてしまっているだろう。気にしなくていい」
 自分の靴を脱ぐと、錆兎は止める間もなくさっさと家の奥に消えてしまう。義妹で軍での階級も下だからといって、錆兎はにあれこれと何かを任せるようなことはない。それは真菰たちも同じで、何だか胸の奥がそわそわとするけれど、ぽかぽかと暖かくもなった。
「……錆兎兄さん、優しいです」
「ああ、そうだな。お前たちは皆、優しい子に育ってくれた」
 戦乱を知り、それぞれに幼少期からつらいことが何か知ってしまっている。それでも皆、心優しく真っ直ぐに育ってくれて。鱗滝が息子や娘の話をするたびに、桑島には「親馬鹿も大概にせんか」と言われてしまうが。桑島だって、似たようなものだ。彼にも血は繋がらないが立派な子どもたちがいて、大事に思っている。本当は、軍などに関わらず平穏を享受して生きてほしい。それでも皆、より良い明日を築く礎になりたいと自らの意思で軍服に袖を通した。本当に優しい子どもたちだと、嬉しく思うと同時に心配になる。
「ほら、。ひとつ多く入れておいたから、他のきょうだいには内緒だぞ」
「は、はい……! ありがとうございます、錆兎兄さん」
がしばらく帰って来ないなら、真菰が寂しがるだろうな。ただでさえ転属で会える時間が減ったのに」
「真菰姉さんには、お饅頭を多めに買って帰ります」
「はは、それはいいな。気を付けるんだぞ、
「お前たちの好きな茶を買っておくから、無事に帰って来い」
「はい、行ってきます。父さん、兄さん」
 まるで初めてのおつかいのように、優しく見送られる。こういうところが「お嬢ちゃん少尉」と揶揄される一因であるのは、わかっているのだけれど。それでもやっぱり、家族に優しい言葉をかけてもらえるのは嬉しい。名残惜しげに振り返りつつも、は家を後にしたのだった。
 
200408
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