ぴょこ、との後頭部で揺れる髪の房。くるりと上を向いたそれは、寝癖だろう。は寝癖が直りにくい髪質で、櫛にも耐えたらしい頑固な寝癖はぴょこぴょこと可愛らしく跳ねていた。魚の焼き加減を見るために屈んだの頭を、じっと凝視する。義勇がじっと見ていることに気付いてきょとんと首を傾げたの口にミニトマトを押し込んで、本来言うべきことを誤魔化したのだった。
「、……おはよう」
「? おはよう、カナヲちゃん」
教室に入ってきたカナヲは、を見て一瞬言葉に詰まる。不思議そうに首を傾げながら、はカナヲに微笑んだ。鞄を席に置いて暫し何か思案していた様子のカナヲは、ひとり納得したように頷く。カナヲが何を考えているかはわからないものの、その満足げな様子にもにこにこと頬を緩めた。
(冨岡先生、教えてあげなかったのね)
の変化には誰より目敏い義勇が、寝癖に気付かなかったとは思えない。ぴょこぴょこ跳ねる寝癖が可愛いと思って黙っていたのだろう。「あの人、案外しょうもないところがあるんですよねぇ」としのぶが言っていたのを思い出す。とはいえ、カナヲも尻尾のように振れるそれを可愛く思って口を閉ざしたから同罪なのだが。何気なくクラスを見渡せば、クラスメイトたちも心得たように頷いたり親指をグッと立てたりしている。そういうわけで決して悪意によるものではないのだが、は誰にも寝癖を指摘されてもらえなかったのだった。
「ぎ、義勇さん……!」
「どうした、」
放課後、真っ赤な顔をして駆け寄ってきたに校門の外に立っていた義勇はしれっと返事をする。ぷんすこと怒っているは、自分の頭を指した。
「寝癖、朝、気付いてたんですか……!?」
「ああ」
「あっさり認めるんです……!?」
「可愛かったから、もったいなかった」
「それ、親バカって言うんですよ……」
誰かに教えてもらったのかと聞くと、伊之助に廊下の真ん中で大声で指摘されたのだという。それは恥ずかしかったに違いないと思うと同時に、気付かなくても良かったのにと残念に思う気持ちもあった。カナヲを初めとするクラスメイトたちに指摘されなかったところを見ると、周りもの寝癖が可愛かったから何も言わなかったのだと思うが。脱力するの頭には、もうあの可愛らしい寝癖はない。面倒見のいいアオイ辺りが直してやったのだろう。さらさらと流れる髪は、いつも通りだった。少しだけ残念に思いつつも、その柔らかな髪を撫でた。
「炭治郎の家のあんぱんを買ってやるから、許してくれ」
「……アオイちゃんちのクリームソーダもつけてください」
「わかった」
食べ物で許してくれるのは、なりの引き際なのだろう。涙目で顔を上げたの手を引いて、まずはアオイの家の定食屋に向かおうと義勇は歩き出す。次にの寝癖を見られるのはいつだろうかと、全く懲りていない義勇なのだった。
200420