護衛者とは、柱とは、そもそも何なのだろう。の膝に甘えていつものように本を読んでもらいながらふと湧き上がった疑問に、は少しだけ困ったような顔をした。勝手にの口から答えていいものか、悩んでいるらしい。話せる範囲でいいから教えてほしいと懇願すると、おずおずとは口を開いた。
「柱は……この世界と『向こう側』の境界を、守ってくださっている方々です。柱になれる人は、ほんのひと握りなのだそうです。適性、が生まれつき決まっているらしくて」
「守る? 僕、何もしていない……」
「九人の柱の存在が、境界を封じているのだそうです。義勇さまは、こうして生きてくださっているだけで、世界を守ってくださっているのですよ」
の手が、義勇を優しく撫でてくれる。に撫でられるのも好きだったし、柱について義勇に聞かせるの目は、義勇を誇らしく思っているような、それでいて慈しんでくれるような、そんな優しい天色だったから。義勇はそれが嬉しくて、の手に擦り寄った。
「じゃあ、護衛者は?」
「……護衛者は、柱のために
あります」
「うーん……?」
「柱の方々は、この世界になくてはならない人たちですから。私たちは皆、柱の方々を守るために存在しているんですよ」
「……は、僕のじゃないの……?」
柱なら、義勇でなくともは従うのだろうか。義勇以外にも、その優しい天色を見せるのだろうか。引っかかりを覚えた言葉もあったけれど、それを問わずにはいられなくて。けれどはそんな義勇に呆れることもなく、穏やかに微笑んで義勇の手をそっと握ってくれた。
「私は、義勇さまのものですよ」
「他の柱の人のところに、行ったりしない?」
「はい、義勇さまだけのものです」
義勇が膝の上に乗り上げて顔を近付けると、はそっと小指を立てた拳を差し出してくれる。指切りの約束に、義勇はパッと顔を明るくして自らの手も差し出した。
「指切りげんまん、です。義勇さま」
「は、僕のところにいてくれる、」
「はい、約束です」
小指を絡めて、約束する。大好きなが、ずっとずっと義勇と一緒にいてくれる約束。指切りも知らなかったに、それを教えたのは義勇だ。綺麗な白い指が、義勇の傍にいると誓ってくれた。それが胸が弾むように嬉しくて、義勇はぎゅっとに抱き着いたのだった。
「道具だろォ」
嘲るように、その少年は言った。何も知らない愚か者を蔑むように、義勇を見下す。義勇と同い年のはずなのに、その瞳には怒りだとか憎悪だとか、そういうものが映っているように見えた。
「道具なんだよ、護衛者は。俺たちが死なねェように、作られた捨て駒だ」
「捨て駒、って……」
「柱だって、人柱だろがァ」
忘れたのかよ、と吐き捨てる。苛立ったように義勇を見下ろしていた少年――実弥は、何か思い出したように視線を動かした。
「そういやテメェ、忘れてるんだったなァ」
「え?」
「『姉さん姉さん』ってピーピー泣いてたの、覚えてねェのかよォ」
「……何、それ」
「ちったァ自分で考えろ」
ひとつだけ言っといてやる、と行儀悪く椅子にもたれて実弥は義勇を睨んだ。
「テメェは護衛者にずいぶんべったりしてやがるけどなァ、アイツもいつかテメェのために死ぬんだぜ」
「……何を」
「深入りも同情もやめとけよォ、どうせアイツも死ぬ」
「なんてこと言うんだよ!」
カッと、頭に血が上った。蹴倒すように椅子から立ち上がって、実弥に掴みかかる。実弥も黙ってなされるままになるはずもなく、頭を掴まれて張り手を食らった。お返しとばかりに頭突きをすると、足払いをかけられて倒れ込む。意地でも義勇が手を離さなかったから、二人揃って机やら椅子やらにぶつかりながら床に転がることになったが。他の幼い柱たちがどよめく声と、講堂に護衛者たちが入ってくる足音。もみ合っていた義勇と実弥は護衛者たちの手によって引き離され、宥められ――気が付いたときには、義勇はの腕の中にいた。
「――……さま、義勇さま?」
「……、」
「っ、痛いところは、ありませんか……?」
「だい、じょうぶ……ごめんなさい」
泣きそうな顔のに見つめられ、罪悪感がふつふつと湧き上がる。短気を爆発させて、他の柱と問題を起こしてしまった。義勇は普段大人しい子どもだったから、も他の護衛者たちも義勇から手を出したとは思っていなかったようで。自分が先に手を出したのだと言って謝ると、は心底驚いたように目を見開いた。何があったのかと優しく問うに、義勇は実弥の言葉を思い出して言い淀む。俯く義勇とおろおろするを見てハッと鼻で笑った実弥は、自分の護衛者に促されて口を開いた。
「テメェが使い捨ての道具だって、そいつに教えてやったんだよォ」
「……実弥さま」
「兄貴、言い方ってもんが……」
「テメェなんざ弟じゃねェって、何回言やわかんだァ? 黙ってろよォ」
自分の護衛者と何か揉めながらも、実弥はじろりとを睨めつける。義勇を一度ぎゅっと抱き締めたは、無理して笑っているような顔で義勇を撫でた。
「……義勇さま、実弥さまに『ごめんなさい』しましょう?」
「、あのね……」
「本当のことなんです。実弥さまの、おっしゃる通りなんです、だから……」
そんなことないと、は道具なんかじゃないと、義勇は言いたかった。にも、そんな酷い言葉に怒ってほしかった。けれど、は実弥の言葉を否定しない。護衛者と柱について問うたときが言葉を躊躇ったのは、こういうことだったのだ。
「……ごめんなさい」
にしがみついていなければ、泣いてしまうそうだった。そんな情けない顔で渋々謝罪を口にした義勇に、やはり実弥はつまらなさそうに鼻を鳴らす。けれど、が義勇を撫で続けるその手は温かくて。やっぱり道具なんかじゃないと、義勇はの胸に顔を押し付けて歯を食いしばったのだった。
200428