「てめぇら、なんで真剣勝負なんだよ」
水師弟の稽古の真っ最中に鍛錬場に足を踏み入れてしまった実弥は、危うく斬られかけた手をひらひらと不機嫌そうに振った。平謝りのに、「まァ、ちんちくりんごときに斬られやしねぇけどよォ」とバツの悪そうな顔を見せる。実際のところ実弥はが刀を止められなくとも労せず躱せただろうがそれはそれ、これはこれである。もっとも、なぜと訊かれてもはそれに答えられない。義勇がそうしろと言うのだから、そうしているだけだ。に視線を向けられた義勇は、刀を収めてぼそりと呟いた。
「真剣勝負でなければ、話にならないくらい弱い」
「あァ? どういうことだよ」
「殺気を向けられないと碌に動けない。怯えでしか刀を振れないからそうなる」
「……申し訳ありません」
「殺気のない鬼なんていねェだろ、問題あんのか?」
「が殺気のない鬼に殺されてから、問題になるのだろうな」
「んだとテメェ、」
「……真剣勝負に文句があったんじゃなかったのか?」
静かな目で問われて、実弥はチッと舌打ちをする。おもむろに自らの刀を抜くと、義勇が止める間もなくに斬りかかった。
「ッ!!」
「……なんだ、もっと鈍いのかと思ってたぜェ」
ガキン、と嫌な音を立ててぶつかった刀は、何とか弾き飛ばされずに済んだ。けれどその衝撃を手放さなかったことで壁に叩きつけられたを見下ろして、実弥は片眉を上げる。義勇に利き手を掴まれ、実弥は二度目の舌打ちをした。
「やめろ、不死川」
「んだァ? 俺が稽古つけてやる、文句あんのか」
「俺の継子だ」
「手加減しかできねぇくせに、何言ってやがる。真剣で誤魔化したところで、殺気がねェのは傍から見ても丸分かりなんだよ」
「……俺の継子だ」
「それしか言えねェのか、あァ?」
一触即発の雰囲気に、がはらはらと刀を握り締めて言葉を呑み込む。そもそも何が実弥の琴線に触れたのかわからないのだ。義勇は義勇で、今にも実弥の腕を折りにかかりかねない。しのぶか悲鳴嶼か、あるいは宇髄あたりでも顔を出してくれないかと祈ってしまうものの、柱がそんなにほいほいと顔を出すわけがない。そもそも実弥だって――
「……そ、そういえば不死川様は、」
「苗字で呼ぶんじゃねェよ」
「か、風柱様は、」
「おい、まさか下の名前も知らねェのか」
「いえっ、その、」
「、不死川実弥だ」
「ぎ、義勇さま、そ、それはさすがに、」
「テメェ、わかっててやってんじゃねェだろうなあ……?」
「さ、実弥様は!」
「……あ?」
「実弥様は、どのような、ご、ご用件でいらしたのでしょうか……?」
「…………」
無意味な諍いを止めるべく、ひとまず「本来の目的を尋ねる」という手に出ただったが案外正解だったらしい。義勇の襟を掴んでいた手をぱっと離して、実弥はすっと無表情に戻る。静かになった実弥から義勇も手を離し、ぱんぱんと裾を払った実弥はずかずかとに歩み寄ってきた。何事かとすくみ上がるに、「ん」と何かの包みを突き出して。
「やるよ」
「えっ、」
「やるって言ってんだよ、さっさと受け取れェ……!」
「ひっ、あ、ありがとうございます……?」
「……おう。じゃあな」
「えっ」
が包みを受け取った途端、これまたずかずかと帰っていく実弥。残されたと義勇は、ぽかんとそれを見送った。
「爆薬でも入っているのか」
「ま、まさかそんなことは……」
の手にある包みを訝しげに見下ろす義勇に、は首を振っておそるおそる包みを開ける。
「……おはぎです」
「……おはぎだな」
「今日の、おやつにしますね」
「ああ」
おはぎが実弥の手作りであることなど露知らず、義勇とは首を傾げて八つ時に向け稽古の後始末を始める。一体実弥は何をしに来たのかと首を傾げる義勇と、よくわからないが実弥がくれたおいしそうなおはぎに頬を緩める。実弥自身理由のわからない行動の数々が報われる日は、おそらくとても遠いのだろう。
170415