「ちゃん、おはぎあげる」
「…………毒、」
「毒なんか入れないよ! そんなもの使わなくてもちゃんは俺に勝てないもの」
ごく自然に一言多い男だと、は童磨を睨み付ける。が愛し尊敬する義勇とは全く重ねたくもないが、どちらも悪気がないのは同じなのにどうしてこうも余計な一言に受ける印象が違うのか。人徳の差だろうな、とは思うものの実のところどちらも似たり寄ったりである。人間というものは往々にして「何をしたか」よりも「誰がやったか」の方が重要なのであった。差し出されたおはぎの末路に暫し心を痛め、は童磨をじろりと見上げる。
「鬼からは何も受け取らない。持ち帰って自分で食べろ」
「え、ちゃんが要らないなら捨てるけど」
「食べ物を粗末にするな」
「俺は食べ物を粗末にしたことなんてないよ」
確かに、
食べ物を粗末にしたことなどないのだろう。この男にとって、おはぎは食べ物などではないのだから。が受け取るわけにはいかない以上、このおはぎは本当に棄てられてしまうのだろう。心が痛むけれど、だからといって鬼の差し出したものなど食べられるわけがない。童磨の言う通りは毒など食らっておらずとも上弦の鬼には敵わないが、だとしても論外だ。例えこの会話が童磨に斬りかかったを抱擁するようにぎちぎちと拘束した上で交わされているものだとしても、答えが変わるはずもなかった。
「ちゃんが好きなものだって聞いて、買ってきたんだけどなあ」
「死んでから出直せ」
「あ、俺の好きなものはちゃんだよ」
「お前は本当に死ねばいい」
「……ああ、ごめんごめん、モノ扱いしたから怒ってるんだね。俺が好きな女の子はちゃんだよ」
「怒っていないし、言い直さなくていい」
「ねえ、ちゃんの好きなものって何? おはぎは嫌いだった?」
いっそ清々しいまでに成り立たない会話は幾度目かの方向転換を迎えて、童磨は抱え込んだの顔を覗き込む。少しでももがくと倍以上の力で締め付けられるせいで、僅かに身じろぐことさえもできなかった。
「……おはぎは好き。お前は嫌い」
「俺のことが嫌いだから、喜んでくれないの?」
「そう」
「どうしたら、ちゃんは喜んでくれる?」
「…………」
「君の笑顔が見たいんだ」
駄々をこねる幼子のようだと、は閉口する。何百年も生きてきたはずの化け物は、自分の望みを押し付けてくるばかりでの感情などまるで気にかけていないのだ。も他人の心情を汲み取るということにおいては人のことをとやかく言えないが、の笑顔を見たいと言うくせにの感情を理解しようとしない童磨の思考回路は全く理解できなかった。そもそも鬼に笑いかけることなどできないのだと、童磨自身がの恐怖の根源なのだと、本当にわからないのだろうか。の体の震えが、無理な締め付けに抵抗しているためだけではないとわからないのだろうか。童磨が童磨である限り、どんなに手を尽くそうと笑顔など見られるはずもないのに。
「……お前はかわいそうだね」
「可哀想? どこが?」
「自分がかわいそうだって、わからないところ」
童磨は怖いし、理解し難い。嫌悪と恐怖しか、童磨に対しては抱けない。それでも、時折哀れみを覚えてしまう。それは童磨にとってもにとっても不要な感情で、あるいはひどい思い上がりにも似た情だ。弱くちっぽけな存在であるが、童磨を憐れむなど。それでも、ほんの少しだけ哀れに思う。いつか星に手が届くと信じて疑わない子どもを見ているような、そんな虚しさだった。
200504