「あれ、さん、隊服変えられたんですか?」
「う、うん……その、今だけ」
 今日任務で一緒になったのは、姉弟子ので。もじもじと恥ずかしそうに裾を押さえたは、珍しくカナヲと同じようなスカート型の隊服を着ていた。足元も草履ではなく、黒いブーツを履いていて。眩しい白さの綺麗な膝小僧が、ちょこんとスカートとブーツの間から覗いていた。恥ずかしそうなによると、戦闘で袴の隊服が破けてしまったのだが、今すぐ渡せる代わりの隊服がスカートのものしかないと前田に言われてやむなく穿いているらしい。さすがに義勇のお下がりの隊服は大きさが合わないため戦闘では危ないと、多少の羞恥を我慢することにしたらしかった。しかし前田のことだから、が言いくるめられているような気もする。あまりに破廉恥な格好であれば義勇が細切れにしていただろうが、普通の膝丈のスカートであるためにどうにか許容範囲なようだった。
「すーすーして、落ち着かないから……早く、新しい隊服できたらいいなあって……」
「その格好も似合っていますよ!」
「あ、ありがとう……」
 顔を赤くして俯くにほのぼのと頬を緩めると、不意に強い視線を感じて炭治郎はの背後の林に物凄い形相の実弥を見つける。うわっと声に出しそうになったのを何とか抑えた炭治郎は、いったい何事だと首をひねった。実弥は器用にも炭治郎だけに殺気を飛ばしているらしく、は照れ照れと俯いたままだったが。
(何をしているんだろうか、不死川さん……)
 その疑問の答えを嫌でもこの後の任務で知ることになると、今の炭治郎にわかるはずもなかった。

「…………」
 暗い林の中、小柄ながらも素早い鬼と相対して。が息つく間もなく滅多打ちに斬り込んで鬼を牽制する中、トドメを任された炭治郎はしっかりと刀を構えて機を窺っていた、のだが。縦横無尽に木々の間を駆け回り、時には飛んだり跳ねたりと空間を広く使ってはひたすらに技を出し続ける。当然激しい動きに、スカートは大きくはためき、翻り、時には大きく捲れそうになるのだが。真剣な戦いの最中に、不埒なことを考えるような炭治郎ではない。ただ真剣に、首を落とす好機を見逃さないようにと目で追っていた。だが先程からチラチラと、鬼でもでもない影がふたつ、木々の間を動き回って。が大きく脚を上げて木の幹を駆け上がると、のスカートの中身を隠すようにバッと実弥が大きな布を広げる。鬼の攻撃を躱すために側転したの動きをやはり布を広げて庇ったのは、すこぶる真剣な顔をした義勇だった。
(不死川さんも義勇さんも、見えないように庇いに来たのか……)
 柱の身体能力を全力で駆使し、鬼にも炭治郎の目にものスカートの中身はチラリとも見えていない。柱が何をしているんだとか、そんなことをするくらいなら自分たちで鬼を斬った方が早いだろうとか、炭治郎でなければそう声を上げて突っ込んでいたのだろうが。現に「さっきから何なんだテメェら、ふざけてんのか!」と鬼は怒りの声を上げている。お冠である。けれど鬼を見て恐慌状態になっているには義勇と実弥の存在は目に入っていないし、二人はまるで黒子のように黙したままのスカートの防御に徹している。何合か打ち合った末に、の刀が鬼の膝下をすっぱりと斬り落として。空中でぐらりと傾いだ鬼の体が、均衡を失って落ちる。その一瞬を逃さず、炭治郎は鬼の首を斬り飛ばしたのだった。

さんは……その、」
「?」
「すごく、大事にされていますね」
 炭治郎の言葉に、何も知らないはきょとんと首を傾げる。あれだけ酷使されていた刀はさすが鋼鐵塚の打ったものだけあって、刃こぼれひとつなく鞘に収められた。炭治郎が鬼の首を落とすと同時に義勇と実弥は撤収して、今も木々の影から炭治郎に何とも言えない圧をかけている。見ていません、俺は何も見ていませんと視線で訴えると、ほんの少し圧が和らいだ。
「……うん、きっと……いろんな人に大事にしてもらってる、と思う」
 にしてみれば脈絡もない言葉だっただろうが、しばし何か思案していた様子のはごく真剣な顔をして頷く。そうでなければ今こうして生きていないと、少しばかり悪戯っぽい笑みで付け足した。
「この隊服と靴のこともね、義勇さまと実弥さまが、すごく心配してくれて……寒くないか、とか、靴擦れしてないか、とか……」
 ついでにスカートが捲れる心配もしていますよ、とも、心配のあまり二人ともついて来ていますよ、とも言い出せず、炭治郎は曖昧に笑うしかない。
「鱗滝さんも心配してくれてね、毛糸の下穿き、送ってくれたんだよ」
「毛糸の下穿き、です……かッ……!?」
 微笑ましく思い頷こうとした炭治郎は、突然ゴオッと吹き付けた強い風に真っ青になった。日頃からスカートを穿く習慣の無いには、風が吹いたときにスカートを押さえるという反射も備わっていなくて。あわや毛糸の下穿きが露わになってしまうと可笑しな方向の心配をするほど混乱した炭治郎は目を閉じることもできず、けれどその目にモコモコとした下穿きが映ることはなかった。
「……!」
 ザッと現れた義勇が、強い風に目を閉じたのスカートの裾を押さえる。風が収まるや否や、瞬時に姿を消して。
「……?」
 さすがに何か違和感を覚えたらしいが、きょろきょろと辺りを見回して首を傾げるけれど。何があったのか説明してやる気には、到底なれなかった炭治郎であった。
 
200516
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