の知る、護衛者のこと。ほとんど無理に頼み込んで教えてもらった、「本当のこと」。実弥との小競り合いの擦り傷をまるで大怪我のように扱うが躊躇いながらぽつぽつと語ったそれは、義勇を凍り付かせるには充分すぎた。護衛者は、適性によって国に選ばれる柱とは異なり志願制なのだという。だが、実際は護衛者候補を送り出した家庭に支払われる支度金目当てに子どもを売る親がほとんどだ。も家族に捨てられ、護衛者としての人生しか選ぶことができなかった。護衛者になるための訓練と教育の日々と――投薬。一定の基準に達した護衛者候補は、特殊な身体能力強化のための薬を服用するのだという。副作用として、「身体能力が最も優れている年齢の姿」に強制的に短時間で成長し、以降は外見上歳を取らなくなる。例えば実弥の護衛者である玄弥などは、実年齢は実弥よりも幼いが服薬の結果青年の外見になったのだそうだ。身体能力が最も優れているはずの年齢を超えても基準に到達しなかった候補は、処分される。は、処分までギリギリのところでどうにか護衛者になることができた「落ちこぼれ」なのだと、眉を下げて笑った。
「……前は、処分されてもいいと思っていたんです。『向こう側』の者と戦うのは、怖くて……」
『こちら側』と『あちら側』の境界を守る柱は、境界を抜けてやってくることのある『あちら側』の存在が人々に害を及ぼすのを防ぐために戦う。義勇たちは、まだ幼いために実戦に出たことはないが。その時、柱を補佐するのは護衛者だ。のように、特定の柱に日頃から付き従っている護衛者は全体のごく一部で。ほとんどの護衛者は、『向こう側』の者との戦いで柱を守るために存在する。欠けてはならない柱を死なせないための駒であり、命が続く限り柱の盾になるだけの人生だ。処分されて死ぬのも戦って死ぬのも、同じではないかと。こわいものと戦って傷付いていつ死ぬのかと怯え暮らすより、同じ人間に処分される方がましかもしれない。けれど、は結局護衛者になる道を選んだ。
「義勇さまの、おかげなんです」
「僕の……?」
「はい、義勇さまのおかげで生きています。ですから……私は義勇さまに感謝しています。道具でも、恨んだりしません」
今は自分の人生をそう悲観していないのだと、は言う。こうしては生きていて、義勇と毎日過ごす日々は楽しくて。いつか義勇が戦いに赴く日だけが怖いけれど、そのとき義勇を守れるように努力を積み重ねているのだと。道具だとか使い捨ての駒だとか、はそう蔑まれることを少しも気にしてはいないのだ。むしろ義勇のために役立てる道具であればと、は思っている。
「……どうして?」
ぽろりと、義勇の口から溢れ出たのは疑問だった。同じ人間なのに、どうしてそんな扱いを受けて笑っていられるのだろうと。柱も護衛者も役目に生涯を縛られるのは同じだが、それでも柱は優遇されている。ある程度の生活の自由はあるし、衣食住とて平均的な市民のそれより良いものを与えられているのだ。趣味や娯楽も許されて、厳重に護衛者たちに守られている。ただ、適性によって選ばれたというだけで。片や私物も趣味も一切持つことなく、柱を守るためだけに人生の全てを消費する護衛者。なぜ、ここまで隔たれているのだろう。こんなにも差別されているのに、どうして柱を恨まずにいられるのだろう。ひどい、と義勇は思う。そんなことを義勇が言ったところで偽善でしかないとわかっていても、ひどいことだと思う。それなのにどうしては、こんなにも義勇に優しくしてくれるのか。は嘘が吐けない。隠し事も恐ろしく下手だ。だからは、本心から義勇に笑顔を向けてくれている。その理由が、わからなくて。
「僕は、のことを忘れてるの?」
思い浮かんだ可能性を、口にする。柱は、精神の安定のために記憶のメンテナンスを受けている。ストレスになりうると判断された強い感情を取り除くことで、人格を安定させるのだと。義勇は、が道具でも生きていていいと思えるような影響を与えた覚えがない。けれどの優しく切ない笑みには、寂しさのようなものが埋もれていて。きっと、自分は忘れているのだ。覚えているべきことを、忘れている。綺麗な天色の中に、義勇の知らない記憶が埋もれているのだろうか。教えてほしい、と言おうとした義勇の唇に、そっとが人差し指の先を当てる。ちょんっと義勇の唇をつついた指が、の口元に戻って。シーッと窘めるように、は困ったような笑みを浮かべた。
「それをお話しする権限がありません、お許しください」
強くて、優しくて、臆病で綺麗な義勇の「もの」。けれど結局は義勇に貸し与えられているだけなのだと、理解してしまった。は、義勇のものでいてくれようとしている。義勇の望むものは全て、与えようとしてくれる。それでもは、この組織に逆らえない。本当の意味で、義勇のものではないから。それが解って、胸の奥がぎゅうっと痛くなって。どうすれば、と義勇は考える。と自分の間を、隔てるものかあるのが嫌だった。秘密があるのが嫌だった。自分が無知なのも嫌で、に恩人のように敬われているのにその理由を知らないことも嫌だ。
(どうすれば、は)
本当の意味で、義勇のものでいてくれるのだろう。歯痒くて、儘ならない。子どもじみた癇癪で、が撫でてくれる手を跳ね除ける。それでも義勇の元を去らずに抱き締めていてくれるの温かさが、ただ大好きで憎らしかった。
200517