「ちゃんのことを知りたいな」
「帰れ」
今日も今日とて胡散臭い笑顔で寄ってきた童磨に、は辛辣な言葉を返す。童磨は一応、の恩人ではあるのだが。折り合いの悪い里親を口八丁で見事に言いくるめ、その理由を「君に一目惚れしたから」だとのたまってを逃がした。義勇に引き取られてからしばらくは会うこともなかったが、ある日学校帰りに再会したこの変態は「運命の再会」だの「友達から始めたい」だのと言って付き纏ってくるのだ。いくら恩人とはいえ、基本的にこの男は犯罪者で人の心を弄ぶ詐欺師だ。何より今のには誰よりも大切な義勇がいる。好んで関わりたい相手では到底なかったが、恩義を受けた以上は無視するのも憚られる。そんな面倒くさい関係が、まあそれなりに長く続いていた。のことを知りたいなどとは言うが、この男はのことを一通り知っている。誕生日も血液型も部活動も食べ物の好みも、勝手に調べて全て把握しているのだ。今更何を知りたいのだと睥睨すると、童磨は呆れたように首を横に振った。
「確かに、俺はちゃんの誕生日も血液型も今日の下着の色も知ってるけど」
「死んで」
「あいたっ……もう、ちゃんは乱暴だなあ。けど、そんな調べればわかるようなことだってちゃんの口から聞きたいし、もっと違うことも知りたいんだよ。ちゃんにもわかると思うけどな」
「お前の気持ちなんて……」
わかるわけがない、そう続けようとしたの唇に、そっと童磨の指が這わされる。反射的にそれを振り払ったの手を握り、童磨はにこりと無邪気な子どものように笑った。さながら、初めて恋を知った少年のように。
「大好きな人の口から聞けることが嬉しい、それを語るときの表情や声音を知りたい、ちゃんも同じでしょ? 恋をしているんだもの」
どきりと、胸が嫌な音を立てる。脈打つ心臓の意味を考えるより早く、「違う」と口にしていた。自分でもそれが間違いだと、わかっていたけれど。童磨の言うことを、理解できてしまう。が義勇に対して抱く気持ちに、童磨かを想う気持ちはぴたりと重なってしまうのだ。でもそれは、嫌だ。同じだと、認めたくない。
「可愛いね、ちゃん」
「っ、」
「俺のことが嫌いだから、同じだって思いたくないんだね。大丈夫、ちゃんの恋は綺麗だよ。この世でいちばん、愚かで綺麗。そんな恋をしているちゃんは、誰よりも可愛いよ」
の手を包み込んで、何よりも尊い宝物のように頬を擦り寄せる。そんな童磨の表情はひどく穏やかで、幸福そうで。掴まれていない方の手を振りかぶって、は童磨の頬を打った。避ける素振りすら見せなかった童磨は、破顔して心底嬉しそうに笑う。その頬が赤いのは、平手打ちの残した痕だけではなかった。
「大好きだよ、可愛いちゃん」
「……私は、可哀想なお前が大嫌い」
自分が童磨に抱くおぞましいという想いを、義勇から向けられるのが怖い。だから、同じだと認めたくない。そんな心配をする必要はないと、義勇はきっと言い切ってを受け入れてくれることがわかっているからこそ、怖くて。違っていると思いたくて、目を逸らす。この愚かさを可愛いと笑う童磨のことが、怖かった。
200608