「あの……義勇さん、えっと……」
「誰が見ていいと言った」
ばしんと、容赦なく叩かれて部屋から追い出される。確かに今のはノックに返答がないからと無断で部屋に入った炭治郎が悪かった。弁解のしようもない。けれど、部屋の中で見てしまったものは到底看過できるものではなく。
「ど、どうしてさんが裸吊りにされてるんですか……!?」
「ここの教育方針だ」
真っ赤な顔で今見たものを問う炭治郎に、にべもなく義勇は返す。義勇はこの世界に九人しか存在しない「白笛」の探窟家であり、アビス二層にあるこの「監視基地」の防人でもある。見習いの赤笛でありながら諸事情で奈落の底を目指している炭治郎は、妹の禰豆子と共にこの監視基地に少しの間世話になることになったのだが。義勇の率いる探窟隊の一人である鱗滝に言伝を頼まれて部屋を訪れた炭治郎が見てしまったのは、義勇の弟子であるが裸で吊られているところだった。もっとも、一瞬もしないうちに義勇に部屋を叩き出されたのだが。
「先日の件の折檻だ」
「……ッ、」
そう言われると返す言葉もなく、炭治郎は俯く。赤笛の身でアビスの底を目指すその無謀さと甘さを、しかと突き付けられた先日の一件。炭治郎の出生に関しても衝撃的な真実を知らされ、あまりに辛辣な言葉が兄に向けられることに禰豆子が怒り飛びかかって。けれど白笛である義勇は、到底彼らが敵う相手ではなかった。「アビスは俺ほど甘くはない」「死に急ぐだけなら俺がここで殺す」と本気の殺意を向けられ、痛めつけられ。同年代の子どもとの交流に喜び炭治郎たちに良くしてくれたが庇おうとするのを、「動くな」と命じて。けれどは、何度も叩き付けられる禰豆子や炭治郎の姿を見て錆兎や真菰たちを呼んできてくれた。自分の手には負えない事態だと判断し大人たちを呼んできたのことを義勇は「判断力はこの場で最も優れている」と評しながらも、それはそれとして命令に反したを罰すると言い渡していて。自分たちのせいであんな恥ずかしくて辛い目に遭わされている優しいのことを思うと、ズキリと胸が痛んだ。
「……ああ、うん、あれは義勇の趣味が半分くらいかな……」
「半分と言わず、ほぼ全部義勇の趣味だろう」
けれど、その晩食事を共にした錆兎と真菰はそう言って生暖かい目をしていた。どういうことかと首を傾げるも、二人は何も言わず遠い目をしている。鱗滝も、もくもくと箸を動かしていた。
「にメイド服着せてるのも、義勇だし……」
「いつもの折檻などせいぜいが雑用だというのに、男が関わるとこうだ」
曰く、はアビス内でならなぜか症状の落ち着く呼吸器疾患があるのだそうだ。いちいち地上に戻るのが面倒だと言いながら義勇が監視基地の防人を買って出たのも、を拾ってからのことらしい。にはもっぱら監視基地の来訪者への対応や遺物の整理業務を任せているのも、探窟家らしからぬメイド服を常用させているのも、蒼笛を与えるまで実力を認めておきながらを探窟に関わる危険に晒したくないと思っているからのようだった。
「まあ、わりとよくある罰だけど……」
「お、俺もよく裸吊りにはされました……」
赤笛なのに深層に行かせてほしいと頼み込み続ける炭治郎は、よく孤児院で「声量がうるさい」「あまりにしつこい」「度し難い頭の固さ」と言われ、度が過ぎたときは裸吊りにされていた。遺物をくすねる善逸も、孤児院の設備を壊す伊之助もよく裸吊りにされていたが、年頃の女の子が裸吊りにされているのを見てしまったのはあまりに衝撃的で。思い出した羞恥に赤くなる炭治郎をよそに、真菰も錆兎も黙ってスープを飲み込んだ。タチが悪いのは、義勇が一切性的な好意をに自覚していないところである。もまだ幼さゆえに、「お師さま」と義勇を呑気に慕っている。いつか両想いが成就する前に二人が緊縛プレイに目覚めてしまったらどうしようかと、錆兎と真菰は幼馴染であり隊長である白笛の未来を案じたのだった。
201107