※しれっと転生している
※義一くんの両親になっている

「お母さん、ただいま……!」
「おかえりなさい、義一」
 帰って一番に義一がすることは、大好きな母に抱き着くことだ。友達の前でするのは恥ずかしいから、家の中だけにしているけれど。あまり恥ずかしがりすぎるとお母さんが寂しがるから、だから義一が抱き締めさせてあげるのだ。母は、義一のことが大好きだから。
「…………」
 そんなふうにしていると、父のもの言いたげな視線が突き刺さる。せっかくの日曜日だというのに、今日も竈門さんちの炭彦くんにスパルタ指導をしに朝から出かけた暇人だ。どうせ炭彦はどんなに言ったところで右から左のマイペースなのだから、母と仲良く過ごせばいいのに。そんなことでは「愛想を尽かされる」ぞと女の子の友達から聞き齧ったことを思いつつじっと父を見返すと、何を考えているのかわからない父の眉がぴくりと動いた。
「……
「はい、義勇さん」
 父が手招くと、母は義一を腕の中に柔らかく抱き締めたまま父の方に歩いていく。慌てて抜け出そうともがくが、細く小さい体のどこにそんな力があるのやら、まったくビクともしない。父と母の馴れ初めが「鱗滝さんちの道場で兄妹弟子として出会い死ぬほど厳しく鍛えられたこと」だという話を義一は欠片も信じていなかったが、たった今その信憑性が増した気がする。そういえば母は、この間現れた不審者が泣き出すまで丸めた新聞紙で叩いて泣かせたような。ちなみにその不審者を、ゴミを見るような目で見下して警察に引き摺っていったのは父だ。「教育に悪い」とのことで、義一はその不審者を母の肩越しにほんの少ししか目にしなかったが。
「わっ」
 ぽすりと、意外と優しく抱き止められる。義一を抱き締める母ごと、父は家族を抱き締めていた。普段は母とすら手を繋ぐ以外の姿を見せない父の突然のハグに、義一は驚くけれど。しばらくリビングに流れた沈黙は、案外居心地の悪いものではなく。けれどその後父が発した言葉は、どちらかと言えば鈍い方の義一ですら呆れるもので。
「……これが楽しいのか?」
 きょとんと首を傾げる父は、仕草こそあどけないが真顔の成人男性だ。これが可愛いと思えるらしい母は趣味が変わっているのだろう。案の定、くすくすと微笑ましそうにしながら母は父の問いかけに頷く。
「楽しいですよ。それに、幸せです」
「……そうか」
 ふ、と氷が溶けるように笑う父の表情は、たぶん幸せと呼ぶのだろう。両親の仲睦まじさはご近所さんでも有名だ。「藤屋敷の冨岡さん」といえば、だいたいの人が「ああ」と微笑ましそうに頷く。今年もきっと、両親が大切に手入れしている藤の花は綺麗に咲き誇るのだろう。そして義一は、両親に挟まれて藤見をするのが好きだった。今年は、義一もご馳走の用意を手伝おう。あれで母は結構不器用だから、父が毎度はらはらしながら包丁さばきを見守っていることを知っている。今はまだお皿運びしか任せてもらえないが、先日の家庭科でピーラーの使い方を先生に褒められたのだ。
(……あったかいな)
 少し恥ずかしくても、抱き締めてくれる母のことが好きだ。不思議そうにしながらも、同じように家族を包み込んでくれる父のことも。これは友達にも内緒だ。義一だけの、大切なおうちだった。
 
220707
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