ちゃん、今日も藤のお世話かい?」
「はい、おはようございます」

 朝から矍鑠かくしゃくとした様子でルネの街並みを散歩している老人たちに、は乏しい表情筋をふんわりと緩めてぺこりと頭を下げる。ちんまりとしていてくるくるとよく働くは、ご老人方を始めとしたルネの住人たちに可愛がられていた。
 今日も町民たちに微笑ましげに見守られながら、町の中心部にどっしりと根を張る藤の大樹の元へと足を運ぶ。この大藤の世話は、ジムリーダーである義勇の補佐と並んで大事な仕事だった。大藤から分けてもらった枝を殖やしたのもで、ジムや祠の周りを藤で彩ったに町民たちは「藤の君」と愛称をつけている。白い岩山にできたクレーターの街、その中心に藤の巨木が聳え立つ様は言葉に言い表せないほど美しく、はこの藤の世話ができることに誇りを抱いていた。簡易的な木の健康診断の間、手持ちのミロカロスとギャラドスをボールから出して自由にさせる。朝の水辺を気持ち良さそうに泳ぐ彼らは、ずっと昔からの大切な友だちだ。

――子どもが倒れている!

 の一番古い記憶は、自分を抱き起こしてくれた鱗滝の皺だらけの優しい手だ。
 は、ミシロの近くの浜辺に打ち上げられて倒れていたらしい。同じように浅瀬に打ち上げられてしまってビチビチと跳ねるだけのコイキングとヒンバスを守るように、あるいは縋るように抱き締めて離さなかったのだそうだ。と共に鱗滝に保護された彼らは、回復して海に帰されるときが来てもから離れようとしなかった。身元がわからず帰る家のないは、彼らがを帰る場所に定めてくれたことが切なくて、嬉しくて。「の友だち」として一緒に鱗滝の家に引き取られて、一緒に育ったのだ。

『お前の大切な「友だち」が、貶められたままでいいのか』

 心無い子どもたちに、ヒンバスとコイキングはよくからかわれた。雑魚、はねることしかできない、何もできない弱いポケモン。そう笑って虐めようとする子どもたちから彼らを庇うように抱き締めて、はただ背中を丸めて蹲っていた。そんなの首根っこを掴んで頬を叩いたのが、鱗滝の弟子の一人である義勇で。ミシロに訪れたルネのジムリーダーは、いじめっ子たちを追い払って「そんなに弱くて友を守れるのか」とを叱咤した。

『お前のポケモンたちが弱いと侮られ、軽蔑されている現状を覆せるのはトレーナーであるお前だけだろう。泣いて蹲って何になる、それで庇っているつもりか』

 友のためにできることを考えろと、そう言い放った義勇の袖を思わず掴んでいた。「強くなりたい、です、友だちと一緒に」と零れた言葉を拾った義勇は、その日のうちに鱗滝と話し合ってをルネに連れて帰った。義勇の訓練は厳しくて、それはもう厳しくて、泣きたいほど厳しかったけれど。一切の容赦なく叩きのめしてくる義勇のポケモンたちを相手に、コイキングもヒンバスも一生懸命がんばろうとしてくれたから。お互いに、友だちの力になりたくて。ただ泣いて背中を丸めているだけでは、友だちの尊厳すら守れない。だから、がんばった。ただひたすらに、がんばった。
 そうして、彼らが今の姿に進化した頃には、はルネのジムトレーナーとして認められていて。の友だちを弱いと侮る者は、もういない。友が嘲られなくなったのは、義勇のおかげだ。は義勇に敬愛を抱いていたし、大好きな義勇の役に立ちたかった。「もう、どこにでも好きなところに行けばいい」と言われたのに対して、「義勇さんが好きなので、義勇さんのところにいます」と答えてルネにいる。そのときの義勇の顔は、今思い返しても何だかくすりと笑みが浮かんでしまうのだけれど。ルネのジムにはの他にジムトレーナーはいなくて(義勇の訓練に耐え切れなくて皆逃げ出してしまった)、義勇の様子を見に来た錆兎に「義勇を頼む」とそれはもう真剣な表情で頼まれたものだった。

「――……?」

 ミロカロスとギャラドスが、ぴちぴちとしっぽを振ってを呼ぶ。どうしたのだろう、とそちらに向かったは、岸に打ち上げられたポケモンの姿に慌てて駆け寄った。

「だ、だいじょうぶ……!?」

 力無く横たわるポケモン――チョンチーを抱えて、その口元にオレンの実をちいさくちぎって近付けてみる。ややあって、チョンチーの口が小さく動いてぱくりときのみの欠片を咥えた。もぐもぐと口を動かし始めた様子に安心して、ポケモンセンターに連れていこうとは腰を上げる。

「ありがとう、ふたりとも」

 乗っていけと言わんばかりに背中を見せるギャラドスとミロカロスに、は口元を緩める。少しだけいつもと違う、朝だった。


250924
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