「……手持ちが増えたのか」
 朝の鍛錬を終えて帰ってきた義勇は、の頭にひっつくチョンチーを見て淡々と反応した。二人分の朝ごはんを用意しながら(は背が伸びるようにと願いを込めて毎食モーモーミルクを瓶で飲んでいる)、は少し困ったように頷いた。
「今朝、岸に打ち上げられてて……体力が尽きていただけだったみたいで、センターに預けて回復したんですが、帰ろうとしなくて」
「懐かれたのか」
「はい……最初は他の子みたいにジムに放そうかと思ったんですけど、この子、まだ小さいので」
「そうだな」
 他の子、というのはが時々拾ってくるポケモンたちのことだ。妙にポケモンに懐かれやすいが怪我をしていたり行き倒れていたりするポケモンを拾ってくるのはこれが初めてではなく、一定期間の保護を兼ねてジムに放している。時折海に帰したりもしているが、ほとんどは懐いたまま帰らない。手持ちというわけではないが、ジムトレーナーの少ない(というかしかいない)ルネジムにおいては大事な戦力だ。氷の床の仕掛けを解けなかった挑戦者は、義勇との訓練に巻き込まれて鍛えられた水ポケモンたちが待ち構えている下の階層へと落とされることになる。拾ってきたのはだが、どうやら彼らは義勇を群れのボスか何かと認識しているようで。義勇やの手持ちではないが、それなりに言うことは聞いてくれた。
(それにしても)
 モーモーミルクをチョンチーに取られしょんぼりしながら二本目を開けているを見て、義勇は思案する。先々週、が拾ってきたのはジーランスだった。今日が拾ってきたチョンチーも、先月のサクラビスも。本来、深海に生息するポケモンたちだ。それが、こうも頻繁に浅瀬に打ち上げられることに嫌な予感めいたものを感じる。古来から、こういった奇妙なことが続くときには災いがあるとされるものだ。例えば――異常気象だとか。
「……今年は」
「?」
「お前の見立てだと、町の大藤が咲くのが遅くなるとのことだったが」
「……はい。なんだか、いつもの年より元気がなくて」
 しゅんとうなだれて、が頷く。その手元からまたもやチョンチーがモーモーミルクを取っていったが、は三本目を開けようとはしなかった。大藤の世話をしているは、この町の誰よりもあの樹の変化に敏い。そのが異変を感じているのだから、まったくの気のせいとも言えない。自らの役目を思えば、そうした小さな予兆も見過ごすわけにはいかなかった。今のところ「被害」と呼ぶほどの規模ではないが、それでも「何か」が首をもたげようとしている。
(錆兎に、連絡を取るか)
 近頃、この地方で妙な組織が動いているという。自然の力がどうだとか、古代の気象がどうだとか。あながち無関係とも思えなかったが、義勇はジムリーダーとしての責務やルネの民としての役目に追われ自由には動きにくい。ホウエンに異変があればすぐに平定のために動くというチャンピオンに、四天王の錆兎から進言してもらおうと義勇は考えていた。
「ところで」
「は、はい」
「そのチョンチーは、お前の手持ちとして育てる気なんだな」
「はいっ」
「わかった」
 ひとり頷いて、義勇はの淹れた茶を啜る。このチョンチーは、火力全振りにならないように気をつけて見ておこうと。どうしてかのミロカロスとギャラドスは、とにかく相手が倒れるまで叩き続けるタイプの脳筋に育ってしまって。特性がそれぞれ「勝ち気」「自信過剰」なのも相まって、とにもかくにも相手が沈黙するまで攻撃技で攻め続ける戦法を取るようになってしまった。ステータスもそれに適したものに、なぜか噛み合って育っている。そのようにたちを育てた覚えは、ないのだが。
 義勇もミロカロスを持っているし、も義勇のミロカロスは特に目標としていたはずが、なぜかそうなってしまった。「絶対テメェの脳筋が移ったんだろォ」と実弥は言うが、心外である。義勇はそれなりに補助技も駆使して戦うタイプだ。まあそれはともかく、今回は気をつけて見ておこうと義勇は地味に強く決意したのだった。
「……この間のジーランスも」
「? はい」
「お前に懐いていたな」
「は、はい」
 手持ちを増やすのは悪いことではないと、義勇はにジーランスも手持ちに入れることを提案する。幼い頃から一緒だった経緯が経緯だから、ミロカロスとギャラドスへの思い入れが強いのはわかっているが。それでも仲間が増えるというのは、いいことでもある。水タイプのジムトレーナーとして、多くのポケモンを扱えるようになってほしいという気持ちもあった。今まで手持ちを増やそうとしなかったが、自分から新しい手持ちを迎え入れたのだ。これも良い機会だろうと言う義勇に、もおっかなびっくり頷いていた。
「それと今日、ジムトレーナーの面接がある」
「あっ、じゃあお茶の準備を……」
「いや、いい。どうせ今回もすぐに帰るだろう」
「わ、わかりました……」
 何事もやる前から決めつけるのはどうかと思うが、とかくこのジムには人が居着かない。日課として言い渡している走り込みと水泳だけで、「やっぱりいいです」と青ざめて帰る者が大半なのだ。ただでさえ人がいないせいでには色々と仕事を任せすぎてしまっている中、どうせすぐに帰る客に茶を出させるのも申し訳ない。しのぶあたりが聞けば「気を遣うところを間違っていますよ」と指摘されるのだろうが、義勇はそれを自覚していない。少し気まずそうにご飯のお代わりをよそってくれたに、「ありがとう」と淡々と感謝を告げたのだった。
250924