※番外編「これが生涯続く」の後のif話

 
「帰れ」
 ぴしゃんと、鼻先で戸を閉められる。おまけに塩まで撒かれて、あまり丈夫ではない実弥の堪忍袋の緒はぶつりと切れた。
「何しやがんだ冨岡ァ!!」
「何をしに来た、帰れ」
 戸を横にぐぐぐと引いて開けようとする実弥と、反対側に引いて開けさせまいとする義勇。柱同士の拮抗に悲鳴を上げたのは哀れな板戸で、無理な力をかけられてみしみしと軋んでいた。
「嫁を迎えに来たんだよォ、文句あんのかァ!?」
「嫁じゃない、認めない、帰れ。金輪際に近付くな」
「テメェが認めなかろうが、既成事実があんだよ……!」
「何も知らない子どもを手篭めにして、言うことがそれか。見下げ果てたことだ」
「責任取るために抱いたンだよ、テメェに用は無ェからさっさとあいつを出せ」
「傷物にして夫気取りの人間に、を渡すわけがないだろう。帰れ」
「……!! 聞こえてんだろォ、出てこねェなら冨岡にテメェのホクロの位置全部バラすぞォ!!」
「どんな脅しだ」
 顔を顰めた義勇の肩越しに、どんがらがっしゃんと派手に物を倒す音が聞こえた。来なくていい、と義勇が声をかけるも、ややあってべちっと間抜けな転倒の音と共にの頭が見えて。
「ぎ、ぎゆうさま、ほくろ、きいて、」
「……聞いてはいない、安心しろ」
 ぱっと板戸から手を離した義勇が、転んだを助け起こす。押さえる者のいなくなった戸を開け放った実弥の目の前では、顔を真っ赤にしたが地面から起き上がるところだった。

 ぎぎぎ、と歯の軋む音が実弥の口から漏れる。噛み締めた唇がぶつりと切れて、顎を伝った血に義勇の後ろのが慄いた。ひとまず家に実弥を上げた義勇だったが、に触れさせないどころか常に一定の距離を開けるように間に入っていて。実弥の前にを出すのも嫌だが、ほくろの位置を叫ばれてが羞恥で死んでも困る。そんな顔だった。実弥の方も義勇に用はないと言ったものの、仮にもが義勇の継子である以上義勇の許可なくしてを連れ出すことはできない。心底嫌だが、義勇に頭を下げてを貰い受けなければならないのだ。
「お……お義兄さん」
「義兄と呼ばれる筋合いはない」
 死ぬほど嫌そうな顔をして義勇を義兄と呼んだ実弥と、これまた死ぬほど嫌そうな顔をしてにべもなく切って捨てた義勇。空気が軋むほどの険悪な雰囲気に、はがくがくと震えていた。
「チッ……さんを俺にください」
「帰れ」
「会話する気あんのかテメェ……!」
「無い、帰れ」
「おい、」
に話しかけるな、が孕む」
「もう孕んでんだろ、父親として責任取るから寄越せ」
「例えがお前の子どもを産むことになったとしても俺が父親になる、帰れ」
 寝間着姿の上に義勇の羽織を着させられたは、刀鍛冶の里から帰ってきたあと熱を出して寝込んだらしい。途中で任務が入ったせいでを置いて里を出た実弥だったが、そうでなければ不調の伴侶を放り出したりはしない。大切な継子を手篭めにされて怒り心頭の義勇と、番と決めた女を前に近付くことすらできず苛立ちが限界の実弥。当のは熱がある上に柱二人の憤怒の空気に心底怯えてしまっていて、何か言おうと口を開いては閉じていた。
、テメェ俺に尻尾振っただろうが」
を犬扱いするな、だいたいそんなもの防衛本能だろう。苦痛を回避するために恐怖を好意にすり替えただけだ」
「今日はよく喋るじゃねェか、冨岡ァ……!」
、もう下がれ。休んでいろ」
「ほ、ほくろ……」
「……こんな子どもを脅して楽しいか、不死川」
「……チッ、言わねェから安心しろ」
 ほっと安心したような顔で、が不死川に頭を下げる。そのままふらふらと下がったが障子を閉めて。視線で会話をした実弥と義勇は、刀を置いて庭に出る。
「……まずは俺だ」
「あァ!?」
「俺の次は、狭霧山の義兄姉たちだ。炭治郎たち弟妹もいる。最後に、義父に殴られる覚悟はあるな」
 拳を握り締めて、義勇は淡々と語った。なるほど全て倒せということかと、実弥はばきばきと拳を鳴らした。
「望むところだァ……!!」
 地を蹴ったのは同時だった。そしてやはりほぼ同時に、互いの頬に拳が入る。錆の味のする生温い液体を吐き捨てて、実弥と義勇は二撃目を振りかぶったのだった。
 
190508
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