「『それ』に触れるな」
冬の水よりも、なお冷たい声だった。触れれば凍てつき裂けるような冷たい声が、に手を伸ばした鬼のみならず遠巻きに様子を窺っていた隠たちをも凍りつかせる。鬼に殴り飛ばされた衝撃で気を失っているにちらりと視線を向け、次の瞬間には義勇は動いていた。断末魔さえ上げることもできず、その鬼は頸を斬られて灰と化す。刀をさっさと収めた義勇は、を意外にも丁寧な手付きで担ぎ上げたのだった。
「ちゃん」
「後藤さん、お久しぶりです」
実は久しぶりじゃないんだよなと思いつつ、それを口に出さずに後藤はにひらひらと手を振る。土産のおはぎを渡せば、の瞳がきらきらと淡く輝いた。見たところ、数日前の任務の怪我はもう治ったらしい。額から血を流していたはずだが、そこには薄い傷痕だけが残っていた。
「……水さんは?」
「義勇さまなら、一昨日から任務に」
「ちゃんは待機か」
「はい、『怪我人がいても足でまといだ』と」
「で、ちゃんは相変わらず水さんが優しいって?」
「義勇さま、言葉が下手なだけなので……」
「正直すぎて時々辛辣だな、ちゃんは」
とはいえ、最近は後藤もの言う「義勇さまの優しさ」なるものが理解できてきたような気もする。義勇は決して、継子としてのには甘い顔を見せないけれど。それでも義勇はのことが大切なのだと、傷付けられて烈しい怒りを示し守るほどにはが特別なのだと、その様を目の当たりにしたばかりだ。けれどの知らないそれを本人に伝えようものなら、あの極寒の視線を向けられそうな気がする。あの人面倒くさいなあと、後藤はの耳元で揺れる藤の簪を眺めながら独りごちたのだった。
190618